第3帖 空蝉 / 第5場面
月の下の帰り道
あらすじ・人物・読み方
退出しかけた源氏と小君は、年配の女房に声をかけられます。どうにか帰った源氏は、残された衣を身近に置いて空蝉を思い続けます。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
小君が近くに寝ているのを起こされると、気がかりに思いながら寝ていたので、すぐ目を覚ました。戸をそっと押し開けると、年老いた女房の声で、「あれは誰ですか」と大げさに聞く。〔小君は〕面倒になって、「僕だよ」と答える。「夜中に何を歩き回っていらっしゃるの」と、分別ありげに〔小君を〕つかまえて、〔小君は〕憎らしく思って、「何でもないよ、ちょっとそこへ出るのだよ」と言って、〔源氏を〕押し出して差し上げると、明け方近くの月が、隅々まで照らし出し、ふと人の姿が見えたので、「ほかにいらっしゃるのはどなた」と聞く。「民部のおもとらしいよ」「ずいぶんご立派なおもとの背丈ですね」と言う。背の高いのでいつも笑われている人を、引き合いに出して言ったのだった。
老女は、〔小君が〕その女房を連れて歩いていたのだと思って、「もう、じきに背丈も並ばれるでしょうね」と繰り返し言いながら、〔老女は〕自分もこの戸から出て来る。〔源氏は〕困るけれども、とても押し戻すこともできず、渡殿の入り口に身を寄せて隠れてお立ちになると、この老女が近寄ってきて、「あなたは今夜はお部屋でお仕えになっていたのですか。〔私は〕一昨日からお腹をこわして、ひどくつらいので下がっておりましたが、人が少ないからと呼ばれたので、昨夜参りましたけれど、やはりとても我慢できそうもありません」と訴える。〔老女は〕返事も聞かないで、「ああ、お腹、お腹。改めて申し上げましょう」と言って通り過ぎたので、〔源氏は〕やっとのことでお出になる。やはりこのような外出は、軽率で危ないものだと、ますます懲りた思いをなさるに違いない。
小君をお車の後ろに乗せて、〔源氏は〕二条院にお帰りになった。事情を話し、「子供だったのだな」と〔小君を〕軽くお責めになり、あの人の気持ちを、指をはじいては恨み言をおっしゃる。〔小君は〕申し訳なく、何も申し上げられない。「ひどく私をお嫌いになるらしいから、自分の身もつらいと、すっかり思い知った。どうして、離れていても親しみのある返事くらいはしてくださらないのか。伊予介にさえ劣る私という身は」などと、不愉快に思っておっしゃる。先ほどの小袿を、それでもお召し物の下に引き入れてお休みになっている。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第3冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。