第4帖 夕顔 / 第10場面
空蝉の便り
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現代語で読む
あの伊予の家の小君が参上する折もあるが、とくに以前のようなお言づけも〔君は〕なさらないので、〔空蝉は〕辛い相手だと思い切りなさったのを、お気の毒と思うところへ、こうしてお患いになっていると聞いて、やはり嘆くのであった。
〔伊予へ〕下ってしまおうとするのを、やはり心細く思うので、「お忘れになってしまわれましたか」と、試みにお尋ね申し上げ、「〔お患いを〕案じながら、言葉に出しては〔申し上げられずにおります〕。
お尋ねしないのを、どうしてかとお尋ねもなく日が経つうちに、どれほど思い乱れていることでしょう。
ますだ〔の歌のような思い〕は本当でございます」と〔空蝉は〕申し上げた。珍しい〔便り〕なので、これもいとしくて、〔君は空蝉を〕お忘れにならない。「生きている甲斐もないことだ。
この現し世は辛いものと知ってしまったのに、また〔あなたの〕言の葉に懸かる命なのですね。
頼りないことだ」と、お手も震えていらっしゃるので、乱れ書きなさった〔筆跡〕は、たいそう愛らしい。
まだあの脱け殻〔の衣〕をお忘れにならないのを、〔空蝉は〕お気の毒とも、おもしろいとも思った。このように、悪い気はせずお便りを交わすが、身近に〔お会いしようと〕は思いも寄らない。それでも、取るに足りない女というふうにはお見せ申し上げずに、終わりたいと思うのであった。
あのもう一方の人は、蔵人の少将を通わせていると、〔君は〕お聞きになる。「妙なことだ。どう思っているのだろう」と、少将の心の内も気の毒で、またあの人の様子も知りたいので、小君を使いにして、
「死んで生き返るほどに思う心は、お知りになっていますか」と言ってお遣わしになる。
わずかにでも軒端の荻を結ばなかったなら、露ほどの言いがかりを、何に掛けられたでしょう。
背の高い荻に付けて、「こっそりと」と〔君は〕おっしゃったが、〔小君が〕取り違えて、少将も見つけて、〔相手の男が〕自分〔源氏〕だったと思い当たっても、そうであっても、〔少将は源氏の〕罪を許してしまうだろう、と〔君が〕お考えになるご自負は、困ったものだった。
少将のいない折に〔小君が軒端荻に歌を〕見せると、辛いと思うけれど、こうして思い出してくださったのも、やはり〔嬉しく〕、お返事を、返事の早さだけを取り柄にして、〔小君に〕持たせる。
ほのかに知らせる風につけても、下荻の半ばは霜に結ぼれながら〔おります〕。
筆跡は下手そうなのを、〔とりつくろって〕隠していないので、〔君がそれを〕ご覧になると、書いてある様子は品がなく、薄暗がりに見た顔が思い出される。気を許して向き合っている男なら、疎みきることもできまいと思わせる様子も、〔あの人には〕あったなあ。
何という心遣いもありそうでなく、はしゃぎ得意になっていたものだと、〔君が〕思い出されると、憎くはない。まだ懲りもせず、またまた浮気の評判も立ちそうなお心の気まぐれらしい。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝1 [1673] 跋・国立国会図書館蔵 本別3-1。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。