第4帖 夕顔 / 第9場面
鳥辺野へ向かう夜
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このごろの目立たない姿のために用意なさっていた、仮の装束に着替えるなどして、お出になる。お心は真っ暗になり、ひどくこらえ難いので、
このように尋常でない道へ出かけても、危険な目に遭って懲りた後なのに、どうしようか、とお思い悩みになるが、やはり悲しみを晴らすすべもなく、今この亡骸を見なければ、またいつの世に、生きていた姿を見ることができようか、とお思いになってこらえ、いつもの大夫、随身を伴ってお出になる。
道が遠く感じられる。十七日の月が出て、河原のあたりでは、先導の火もかすかななか、鳥辺野の方などを遠く御覧になる時なども、不気味さも何ともお感じにならず、心の乱れるお気持ちのまま、お着きになった。
あたりまでも物寂しいなか、板屋のそばにお堂を建てて、勤行している尼の住まいは、たいそうしみじみとした趣だ。仏前の灯火の光が、かすかに透けて見える。
その家には、女が一人泣く声だけがして、外の方に僧侶が二、三人、話をしながら、ことさらに声を張らない念仏を唱えている。
寺々の初夜の勤行も、みな終わって、ひどくひっそりしている。清水の方だけは光が多く見え、人の気配も多かった。この尼君の子である僧の声が尊く、経を読んでいるのを聞くと、〔君は〕涙も残らず出るようなお気持ちになる。
〔君が〕お入りになると、灯火をそむけて、右近は屏風を隔てて横になっていた。どれほど心細いだろう、と御覧になる。〔女君は〕恐ろしい気配も感じさせず、たいそういじらしい様子で、まだ少しも変わったところがない。
〔君は女君の〕手を取って、「私に、もう一度、せめて声だけでも聞かせてください。どんな前世からの因縁があったのだろう。ほんの短い間に、〔私は〕心を尽くして愛しく思ったのに、見捨てて途方に暮れさせなさるのは、つらいことだ」と、
声も惜しまずお泣きになること、限りがない。僧たちも、〔君が〕誰とは知らないが、ただごとではないと思って、みな涙を落とした。
〔君は〕右近に、「さあ二条院へ」とおっしゃるが、「長年、幼くございましたころから、片時もおそばを離れ申し上げず、親しくお仕えして来た方と、あっけなくお別れ申し上げて、どこへ帰りましょうか。どのようにおなりになったと、人にも申し上げましょうか。
悲しいことはそれとして、人に騒ぎ立てられますのが、つらいことです」と〔右近は〕言って、泣き乱れて、「煙とともに、お後をお慕い申し上げて行ってしまいたい」と言う。
無理もないが、〔君は〕「そういうものなのだ、世の中は。別れというもので、悲しくないものはない。どうあっても、こうあっても、同じように命には限りがあるものなのだ。気を取り直して、私を頼りになさい」とおっしゃってなだめても、
「こう言うこの私こそ、生き残れそうもない気がする」とおっしゃるのも、頼りなげなことだ。
惟光が「夜は明け方になりましたでしょう。早くお帰りになってください」と申し上げるので、〔君は〕つい振り返ってばかりいらっしゃって、胸もぐっとふさがりながらお出になる。
道はひどく露に濡れていて、さらに深い朝霧のなか、どことも知れずさまようお気持ちになられる。〔女君が〕生きていたままの姿で横になっていた様子や、取り替えてお召しになっていた、自分の紅色のお召し物が着られていたことなど、どのような因縁があったのだろう、と道すがらお思いになる。
お馬にもしっかりお乗りになれそうもない御様子なので、また惟光が寄り添って支え、お進みいただくと、堤のあたりで馬から滑り降りて、〔君は〕ひどくお具合が悪くなられたので、
「こんな道の途中で、倒れてしまうのだろうか。到底たどり着けそうもない気がする」とおっしゃるので、
惟光も気が動転して、自分がしっかりしていたなら、そうおっしゃっても、こんな道へお連れ出し申し上げるはずがあろうか、と考えると、ひどく気がせいて、川の水で手を洗い、清水の観音をお祈り申し上げても、どうするすべもなく途方に暮れる。
君も無理に気力を奮い起こし、心の中で仏をお念じになり、またあれこれと助けていただいて、ようやく二条院へお帰りになった。
異様に夜更けのお出歩きを、人々は「見苦しいことだな。このごろは、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、度重なるようだが、昨日の御様子では、たいそうお具合が悪そうにしていらしたのに、どうしてこのように歩き回りなさるのだろう」と、互いに嘆いている。
実際、横におなりになるや、ひどくお苦しみになり、二、三日たつと、ひどく弱っていくようでいらっしゃる。〔帝も〕お聞きになって、お嘆きになることに限りがない。
御祈祷は、あちらこちらで絶え間なく大騒ぎだ。祭り、祓い、修法など、言い尽くせないほどだ。世に並ぶものもなく、重大なお身の御様子なので、この世に長くはいらっしゃらないのでは、と天下の人々の大騒ぎである。
お苦しいお気持ちの中でも、あの右近をお呼び寄せになり、お部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。
惟光は、心も騒ぎ途方に暮れるが、気持ちを落ち着かせて、この人〔右近〕が頼る先もないと思っているのを、世話をし助けながら、お仕えさせる。君は少しお楽に思われる時には、〔右近を〕お呼び出しになって、お使いになるなどなさるので、〔右近は〕ほどなく、〔女房たちの〕仲間に馴染んだ。
衣服がたいそう黒く、顔立ちなどは美しくないが、不格好で見苦しいというほどではない若い女である。
「不思議に短かった御縁に引きずられて、私もこの世に生きていられそうもないようだ。〔お前は〕長年の頼みを失い、心細く思っているだろうから、その慰めにも、もし生き永らえたなら、何かにつけ世話をしてやろうと思ったが、間もなくまた〔亡き人に〕付き添って逝くことになりそうなのが、残念なことだな」と、
〔君が〕静かにおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、〔右近は〕取り返しのつかない〔女君の〕ことはさておいて、たいそう〔君の命が〕惜しいと思い申し上げる。
邸の内の人々は、足も地につかないほど、思い乱れている。宮中からのお使いは、まことに雨脚よりも頻繁だ。〔帝が〕お嘆きになっていらっしゃるとお聞きになると、〔君は〕たいそう恐れ多くて、無理にも気を強くお持ちになる。
大殿もたいそう骨を折ってお世話をなさり、日々おいでになって、さまざまなことをおさせになったためか、二十日余り、ひどく重く患っていらしたが、格別の余病も残らず、およくなっていくように見えなさる。
穢れを忌んでいらした期間も、一緒に満ちた夜なので、〔帝が〕お案じになるお気持ちを放っておけず、〔君は〕宮中の宿直のお部屋に参上なさるなどする。
大殿は、ご自身のお車で〔君を〕お迎え申し上げなさって、御物忌など、あれこれと親身になって、お慎み申し上げさせなさる。
〔君は〕自分が自分でないようで、別の世に生まれ変わったかのように、たびたびお感じになる。
九月二十日ごろに、〔君は〕すっかりお治りになって、たいそうひどくお顔がお痩せになったが、かえってひどく優美で、物思いに沈みがちに、声を立ててばかりお泣きになる。
〔君を〕見申し上げて不審に思う人もいて、「物の怪でいらっしゃるらしい」などと言う者もいる。
〔君は〕右近をお呼び出しになり、静かな夕暮れにお話などなさって、「やはり、ひどく不思議なのだ。どうして誰なのか知られまいと、〔あの方は〕隠していらしたのか。
本当に海人の子であっても、あれほど〔私が〕思っているのを知らずに、隔てをお置きになったのが辛かった」とおっしゃると、
「どうして深くお隠し申し上げなさいなどと〔私が申すことが〕ございましょう。いつの間に、取るに足りないお名乗りを申し上げなさる機会がございましたでしょう。
初めから、不思議にも思いも寄らないご様子でございましたお二人のことですから、「現実とも思えないのだ」と〔あの方は〕おっしゃって、
お名前を隠しておいでのことも、「その程度〔のご関係〕なのでしょう」と申し上げなさりながら、「おざなりにごまかしていらっしゃるのでしょう」と、辛いことにお思いでございました」と〔右近が〕申し上げると、
「つまらない意地の張り合いであったな。私には、そのように隔てを置く気持ちもなかった。
ただ、このように人に許されない振る舞いには、まだ慣れていないのだ。〔帝が〕お諫めになるのをはじめ、遠慮すべきことの多い身なので、ちょっと人に冗談を言うのも、大げさに取り沙汰される、辛い身の有様なのに、
あの何ということもなかった夕方から、不思議に心にかかって、無理にお会い申し上げたのも、こうなるはずの縁がおありだったのだろうと思うと、悲しい。
また一方では辛く思うのだが、長くは生きられない身であるなら、どうしてあれほど心に染みて、愛しく思われなさったのだろう。
やはり詳しく話してくれ。今となって何を隠すことがあろう。七日ごとの仏を描かせても、誰のためと心の中で思えばよいのか」とおっしゃると、
「どうして隔てを置き申し上げましょう。ご自身で隠してお通しになったことを、亡くなられた後で口さがなく〔申し上げてよいのか〕と、思っておりますだけでございます。
〔あの方の〕ご両親は、早くにお亡くなりになりました。〔父君は〕三位中将と申し上げました。たいそうかわいらしいものとお思い申し上げていらっしゃいましたが、ご自身の身の先行きの心もとなさを、お案じになっているようでしたのに、お命までも保てず、お亡くなりになった後、
ちょっとした何かのきっかけで、頭中将が、まだ少将でいらした時に、〔あの方に〕初めてお目にかかりなさって、三年ほどは愛情のあるご様子でお通いになりましたが、
去年の秋ごろ、あの右大臣殿から、ひどく恐ろしいことが伝わってまいりましたので、ひどく物怖じをなさるお気性でしたから、どうしようもなく恐ろしくお思いになって、西の京に乳母の住んでおります所に、ひっそりと隠れていらっしゃいました。
そこもたいそう見苦しいので、住むのに困っておいでになり、山里に移ろうとお考えでしたが、今年から忌み憚ると申す方角になっておりましたので、方違えをするといって、粗末な所にいらしたのを、〔あなたに〕見つけられ申し上げてしまったと、お嘆きになっていたようでした。
〔あの方は〕世間の人と違って、何かにつけ引っ込み思案でいらっしゃって、人に思い悩む様子を見せるのを、恥ずかしいことになさって、何でもないようにばかり振る舞って、お目にかかっていらしたようでした」と〔右近が〕話し出すと、
「やはりそうだったか」と〔君は〕思い当たりなさって、悲しさもますます増した。
「幼い子を見失ってしまったと、中将が嘆いていたのは、その子のことか」とお尋ねになると、「そうです。一昨年の春にお生まれになりました。女の子で、たいそうかわいらしくていらっしゃいます」と〔右近は〕申し上げる。
「それで、どこにいるのか。人にそうとは知らせずに、私に引き取らせよ。跡もなく〔亡くなって〕悲しいと思うあの方の形見として、とても嬉しいだろうから」と〔君は〕おっしゃる。
〔子のことは〕あの中将にも伝えるべきだが、つまらない恨みを受けてしまうだろう。何かにつけて〔私が子を〕育てるのに、差し支えはないはずなのだから。そこにいる乳母などにも、よそからの話ということにして、そうしてくれよ」などと〔君は〕ご相談になる。
「それならば、たいそう嬉しゅうございます。あの西の京でお育ちになるのは、おいたわしく、しっかりお世話する人もいないからといって、あそこに〔お預けしてあるのです〕」と〔右近は〕申し上げる。
静かな夕暮れで、空の様子もたいそうしみじみとして、お庭先の草木は枯れかけ、虫の声も鳴き枯れて、紅葉がだんだん色づくころの、絵に描いたような美しい〔景色〕を見渡して、
「思いがけなく風流なお仕えだこと」と、あの夕顔の宿を思うにつけ、〔右近は今の境遇が〕気恥ずかしい。
竹の中で、家鳩という鳥が野太く鳴くのをお聞きになり、あの、以前の院で、この鳥が鳴いたのを、たいそう恐ろしいと思っていた〔女君の〕様子が、面影となって愛しく思い出されなさるので、
「お年はいくつでいらしたのか。不思議に、世間の人と違って、か弱くお見えになったのも、このように長くは生きられないからであったのだ」と〔君は〕おっしゃる。
「十九におなりだったでしょうか。右近は、亡くなりました〔あの方の〕乳母が後に残しておりましたので、三位が、たいそうかわいがってくださって、あの方のおそばを離れずに育ててくださいましたのを、思いますと、
どうしてこの世に生きていられましょう。本当に、あの方のことは残念でございます。頼りなげでいらっしゃったあの方のお心を、頼もしい人として、長年馴染んでおりましたのに」と〔右近は〕申し上げる。
「頼りなげなのが、女はかわいらしいのだ。賢しげに、人になびかないのは、たいそう気に入らないことだ。
自分がしっかりとして強くはない性分なので、女はただ柔らかな気性で、うっかりすると人にだまされてしまいそうなのが、それでいて控えめで、連れ添う男の心には従おうというのが、愛しくて、自分の思うように仕向けて暮らすのに、親しみ深く思われるだろう」などと〔君が〕おっしゃると、
「この点のお好みからは、〔あの方は〕かけ離れていらっしゃらなかったのだ」と思いますにつけても、残念なことでございます」と言って、〔右近は〕泣く。
空が曇り、風が冷ややかなので、〔君は〕ひどく物思いに沈みなさって、
逢ったあの人の煙を雲と思って眺めると、夕べの空も親しく思われることだ。
と〔君が〕独り言のようにお詠みになるが、〔右近は〕すぐにお返事も申し上げられない。〔あの方が〕このようにしていらっしゃったなら、と思うにつけても、胸ばかりが塞がる思いがする。
耳やかましかった砧の音を思い出されることまでも恋しくて、「まさに長い夜」と口ずさんで、〔君は〕横になっていらっしゃる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝1 [1673] 跋・国立国会図書館蔵 本別3-1。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。