第4帖 夕顔 / 第8場面
惟光の到着と悲しみ
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現代語で読む
ようやく、惟光の朝臣が参った。〔惟光は〕夜中でも明け方でもお心に従っている者なのに、今夜に限って控えておらず、お召しにまで遅れたのを、〔君は〕憎らしくお思いになりながらも、
〔惟光を〕中へお呼び入れ、口にお出しになることのあっけなさに、すぐにはものもおっしゃれない。右近は、大夫〔惟光〕の気配を聞くと、初めからのことが思い出されて泣くので、
君もこらえることができず、ご自分一人が気丈に振る舞い、〔女君を〕抱いていらっしゃったのに、この人にほっと息をおつきになって、悲しさもお感じになったのだった。
しばらく、たいそう激しく、とめようもなくお泣きになる。少し落ち着かれて、「ここで、ひどく不可解なことが起こったので、驚きあきれるという言葉では言い尽くせないのだ。
このような急な時には、お経を読んでもらうなどするそうだから、そうしたことをさせよう、願も立てさせようと思って、阿闍梨に来るよう言ってやったが、〔どうした〕」と〔君が〕おっしゃると、
「昨日、山へ登って行かれました。それにしても、実にめったにないことでございますね。以前から、いつもとは違ってお具合の悪いことがおありだったのでしょうか」。
「そんなこともなかった」と言ってお泣きになる様子が、たいそう美しく、いじらしく、拝見する〔惟光〕もとても悲しくて、自分もおいおいと泣いた。
そうは言っても、年も取り、世の中のさまざまなことにも慣れている人こそ、何かの時には、頼もしいものだった。〔ここにいる者は〕どちらも若い者同士で、どうとも言いようがないが、
「この院の管理人などに聞かせるのは、たいそう都合が悪いでしょう。この人一人ならば、親しい間柄でもあるでしょうが、ふと物を言い漏らしそうな身内の者も、交じっているでしょう。まずこの院を出ていらっしゃいませ」と〔惟光は〕言う。
「では、ここより人の少ない所が、どうしてあろうか」と〔君は〕おっしゃる。
「確かに、そのとおりでございましょう。あのもとの家は、女房などが悲しみに堪えられず、泣き乱れるでしょうし、隣家も立て込み、不審に思う里人も多くいるでしょうから、自然と噂にもなりましょう。
山寺ならば、やはりこうしたことも、自然とほかのことに交じり、目立たずに済むこともございましょう」と、〔惟光は〕あれこれ考えて、
以前存じておりました女房が、尼となっております、東山の辺りへお移し申し上げましょう。惟光の父の朝臣の乳母でございました者が、たいそう年老いて住んでおります。あたりは人が多いようでございますが、たいそうひっそりしております」と〔惟光は〕申し上げて、
すっかり明るくなるころの紛れに、お車を寄せる。〔君は〕この人を抱くことがおできになりそうもないので、上敷きのむしろに包み込んで、惟光が〔車へ〕お乗せ申し上げる。
〔女君は〕たいそう小さく、不気味な様子もなく、いじらしい。〔惟光は包みを〕しっかりとはできないので、髪がこぼれ出ているのも、〔君は〕目もくらみ、どうしようもなく悲しいとお思いになるので、
最後まで見届けたいとおっしゃるが、「早く、お馬で二条の院へお帰りになってください。人が騒ぎ出しませんうちに」と〔惟光は〕言って、
右近を付き添わせて〔車に〕乗せると、君には馬を差し上げて、〔惟光は〕自分は徒歩で、〔装束の〕括りを引き上げるなどして出発する。一方では、実に妙で、思いもよらなかった見送りではあるが、〔君の〕ひどくつらそうな御様子を拝見すると、わが身をかえりみず進んで行く。
君は何もおわかりにならず、正気もない御様子でお着きになった。人々が「どちらからお帰りなのですか。お苦しそうに見えなさいます」などと言うが、〔君は〕御帳台の中へお入りになり、胸を押さえて考えると、たいそうつらいので、
どうして一緒に乗って行かなかったのだろう。〔女君が〕生き返った時、どんな気持ちがするだろう。見捨てて生き別れてしまった、と薄情に思うだろうか、と、動揺した心の中でもお思いになると、胸のつかえ上がるお気持ちになられる。
頭も痛く、体も熱い気がして、ひどく苦しく取り乱しなさるので、このようにあっけなく、自分もむなしく死んでしまうのだろう、とお思いになる。日が高くなってもお起き上がりにならないので、人々は不審に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、〔君は〕苦しく、ひどく心細く思われるところへ、
宮中からお使いが来た。昨日も〔君を〕捜し出し申し上げられなかったため、〔帝は〕気をもんでいらっしゃる。大殿の御子息たちがおいでになるが、頭中将だけに、「立ったまま、こちらへお入りください」とおっしゃって、御簾の内側にいたままお話しになる。
「乳母でございます者が、この五月のころから重く患っておりましたが、頭をそり、戒めを受けるなどして、その効験か、生き返ったのですが、
このごろまた〔病が〕ぶり返して、弱ってしまいました。もう一度見舞ってほしいと申して来ましたので、幼いころから親しくしてくれた者が、臨終の時に薄情だと思いはしないかと、思いまして、出向きましたところ、
その家にいた下人で、病んでいた者が、急に、外へ出る間もなく亡くなってしまったのを、〔家の者が〕恐れ慎んで、一日過ぎてから運び出したと聞きつけましたので、
神事のあるころには、たいそう具合の悪いことと思い、慎んで参内できないのです。今朝方から、風邪のようなものでございましょうか、頭がひどく痛くて苦しいものですから、たいそう失礼なままで申し上げることです」などと〔君は〕おっしゃる。
中将は「それでは、その旨を奏上いたしましょう。昨夜も御遊びの時に、〔帝はあなたを〕しきりにお捜し申し上げられて、御機嫌が悪うございました」と申し上げなさって、また引き返し、
「どのような穢れに出合いなさったのですか。お話しになることは、本当とも思われません」と〔中将が〕言うと、〔君は〕胸もつぶれる思いをなさって、
「このように詳しくではなく、ただ思いがけない穢れに触れた旨を奏上してください。まことに不都合なことでございます」と、平静を装っておっしゃるが、お心の中では、どうしようもなく悲しいことを思われるうえ、お具合も悪いので、人と目もお合わせにならない。
蔵人の弁をお呼び寄せになり、正式にその事情を奏上させなさる。大殿などへも、このようなことがあって参れない旨のお伝えを申し上げなさる。
日が暮れて、惟光が参った。このような穢れがあるとおっしゃるので、参る人々もみな立ったまま退出するため、人が多くはいない。
〔君は惟光を〕お呼び寄せになり、「どうだ、もう最期だと見届けたか」とおっしゃるなり、袖をお顔に押し当てて、お泣きになる。惟光も泣く。「もう命の終わりでいらっしゃるようでございます。
長くこのままにしておくのも都合が悪く、明日は日柄もようございますので、いろいろのことは、たいそう尊い老僧で、知り合いでございます者に、頼んでおきました」と〔惟光は〕申し上げる。「付き添っていた女はどうしている」と〔君が〕おっしゃると、
「あの者も、また生きていられそうもないようでございます。自分も後には残るまいと取り乱しておりまして、今朝は谷にでも落ち入りそうな様子と、見受けました。
あのもとの家の人へ知らせてやろうと申しますが、しばらく気持ちを落ち着けよ、事情をよく考えてから、と、なだめておきました」と〔惟光が〕お話し申し上げるにつれて、
〔君は〕ひどく痛ましいとお思いになって、「私もひどく気分が悪く、どうなってしまうのかと思われる」とおっしゃる。
「どうして、そのようにお心をお痛めになるのですか。何事も、そうなるはずのことなのでございましょう。人にも漏らすまいと思っておりますので、惟光が直接出向いて、何事もいたしましょう」などと〔惟光は〕申し上げる。
「そうだ。そのようにすべて考え定めてはいるが、浮ついた心の気まぐれで、人を死なせてしまったという責めを負いそうなのが、とてもつらいのだ。少将の命婦などにも聞かせるな。尼君は、なおさらこのようなことをお諫めになるから、気が引ける思いがするだろう」と〔君は〕口止めなさる。
「そのほかの僧侶たちなどへも、みな別の事情ということにして伝えております」と〔惟光が〕申し上げるので、〔君は惟光を〕頼っていらっしゃる。
かすかに聞く女房などは、「不思議だ、どういうことだろう。穢れのあった旨をおっしゃって、宮中へも参らず、また、このようにひそひそ話して嘆いていらっしゃる」と、何となく不審に思う。
「決して支障のないように〔取り計らえ〕」と、その時の手順を〔君は〕おっしゃるが、「どうして、大げさにする必要もございません」と言って〔惟光が〕立つのが、〔君には〕たいそう悲しく思われるので、
「都合が悪いとは思うけれど、もう一度、あの亡骸を見ないのは、たいそう気がふさがるだろうから、馬で行こう」とおっしゃるので、
〔惟光は〕たいそう不都合なこととは思うが、そのようにお思いになるなら、どうしようもない。「早くおいでになって、夜の更けないうちにお帰りください」と申し上げるので、
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝1 [1673] 跋・国立国会図書館蔵 本別3-1。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。