第5帖 若紫 / 第1場面
北山への療養
あらすじ・人物・読み方
わらわ病の続く源氏は、北山の聖のもとへ、親しい供人だけを連れて出かけます。
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現代語で読む
〔源氏は〕わらわ病を患って、さまざまなまじないや加持をおさせになるが効き目がなく、何度も発作がお起こりになるので、ある人が「北山のある寺という所に、優れた修行者がおります。去年の夏にもたいそう流行して、人々がまじないに困り果てたのを、すぐに治めた例がたくさんございました。こじらせてしまってからでは厄介ですから、早くお試しになるのがよろしいでしょう」などと申し上げるので、
〔源氏が〕迎えの使いを出されたところ、〔聖は〕年老いて腰も曲がって、庵の戸口へも出られないと申したので、「それなら仕方がない。人目を避けて行こう」とおっしゃって、お供に親しい者を四五人ほどだけ連れて、まだ夜が明けないうちにお出かけになる。〔聖の庵は〕山の奥へ深く入った所だった。
三月の末なので、都の花の盛りはもうすっかり過ぎていた。山の桜はまだ盛りで、奥へお入りになるにつれて、霞のかかる様子も趣深く見えるので、こうした眺めにも慣れていらっしゃらず、自由の利かないお身の上だから、珍しくお感じになるのだった。寺のたたずまいもしみじみと趣深い。
峰高く奥まった岩の間に、聖は入って住んでいた。〔源氏は〕登っておいでになり、どなたとも名乗らず、たいそう目立たない姿をしていらしたが、それと分かるお姿なので、〔聖は〕「まあ、恐れ多いこと。先日お呼びになった方でいらっしゃるのでしょうか。今はもうこの世のことは考えておりませんので、霊験を現すための修行も捨てて忘れておりますのに、どうしてこのようにおいでになったのでしょう」と驚き騒いで、ほほえみながらお見申し上げる。たいそう尊い僧だった。
〔聖は〕しかるべき物を作ってお飲ませ申し上げる。加持などをして差し上げるうちに日が高く昇った。
〔源氏が〕少し外へお出になって見渡すと、高い所なので、あちらこちらの僧坊がはっきりと見下ろせる。この曲がりくねった道のすぐ下に、同じ小柴垣でも、きちんと作り巡らし、こざっぱりした建物や廊などを並べ、木立もたいそう風情があるのはどんな人が住んでいるのかと、お尋ねになると、お供の者が、「これは、ある僧都がこの二年ほど籠もっております僧坊です」と申し上げる。
〔源氏は〕「こちらが気後れするほど立派な人が住んでいる所らしい。見苦しいほど地味な姿で来てしまったな。聞きつけられでもしたら」と、などとおっしゃる。こざっぱりした童女などがたくさん出て来て、仏に供える水を差し上げたり、出て下りたりするのもはっきり見える。〔供人たちは〕「あそこには女性がいたのだね。僧都はまさかそういうふうにはお住まわせにならないだろうに、どんな人だろう」と、口々に言う。下りてのぞく者もいる。「愛らしい女性たちや若い人、童たちが見える」と言う。
源氏は勤行をなさりながら、日が高くなるにつれてどうだろうかと気にしていらしたが、「あれこれとお気を紛らわせになって、思い詰めないのがよろしゅうございます」と、〔聖が〕申し上げるので、後ろの山へお出になって都の方をご覧になる。遠くまで霞がたなびいて、四方の梢がおぼろに煙っている様子は、〔源氏は〕「まるで絵にとてもよく似ていることだ。こういう所に住む人は、心に思い残すことなどないだろうな」と、とおっしゃると、
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。