第5帖 若紫 / 第2場面
明石の噂
あらすじ・人物・読み方
供人たちは各地の景色を語り、明石に住む入道が、娘にかける望みを話します。
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現代語で読む
〔供人は〕「ここはたいそう平凡でございます。他国などにある海や山の景色などをご覧になったなら、お描きになる絵は、どれほど見事さがまさることでしょう」と、富士の山やある岳などのことをお話し申し上げる者もいる。また、西国の美しいあちらこちらの浦や磯の様子を次々に話す者もいて、あれこれとお気を紛らわせ申し上げる。
〔ある供人は〕「近い所では播磨の明石の浦が、やはり格別でございます。とくに奥まった景色の所があるわけではありませんが、ただ海の面を見渡す、その様子が、不思議なほどほかの場所とは違い、広々と穏やかな所でございます。あの国の前の国司で、出家して間もない人が娘を大切に育てている家は、たいそう立派でございますよ。
大臣の子孫で、出世もできそうだった人が、世間にそむく変わり者で、宮仕えの交際もせず、近衛の中将の官を捨て、願い出ていただいた国司の職でしたが、その国の人にもいくらか軽んじられて、『どんな面目があって、また都に帰れようか』と、言って髪もおろしてしまいましたのに、少し奥まった所での山住まいもしないで、あのような海辺に出て住んでいるのは、ひねくれたようではありますが、
確かに、その国の中にはそうした人が籠もって暮らせそうな所もあるのに、奥深い里では人里離れて心細く、若い妻や子がきっと暮らしをつらく思うでしょうから、一方では心を慰められる住まいにしているのでございます。先ごろ私が下りましたついでに、暮らしの様子を見に立ち寄りましたところ、都でこそ居場所を得ないようでしたが、たいそう広々と大きく土地を占めて作った様子は、そうは言っても国司として整えておいたことですので、余生を豊かに過ごせる備えも、比べもののないほど立派にしていました。来世のための勤行もたいそうよく行っていて、かえって僧になってからの方が境遇のよくなった人でございました」と、申し上げると、〔源氏は〕「それで、その娘は」とお尋ねになる。
〔供人は〕「悪くはない容貌や気立てなどを備えているそうです。代々の国司などが格別な心配りをして、求婚の気持ちを示すそうですが、〔入道は〕まったく承知しません。『自分がこうしてむなしく世に埋もれているだけでも残念なのに、この娘ただ一人なのだから、期待することは格別だ。もし私の死後まで生き残り、その願いがかなわず、こう思い定めておいた運命に背いたなら、海に入ってしまえ』と、いつも言い遺しているのでございます」と、
などと申し上げるので、源氏も面白いとお聞きになる。供人たちは「海竜王の后になるはずの、大切に育てた娘らしいね。気位の高さには困ったものだ」と言って笑う。こう言うのは、播磨の国司の子で蔵人から、今年五位に叙せられた者だった。たいそう恋愛好きな者なので、〔ほかの供人は〕「あの入道の遺言を破ってやろうという気持ちもあるだろうよ。それで、暮らし向きもよいのだろうな」と互いに言い合っている。
〔ある者は〕「いや、そうは言っても田舎びているだろう。幼い頃からああいう所で育って、古風な親にばかり従っているような人は」と言う。〔別の者は〕「母親は由緒のある人なのだろう。よい若い女房や童女などを、都の高貴な家から、何かの機会につけて探し求めて、まばゆいほど大切に育てているそうだ。もし情の分からない人になっていったら、そのまま気楽に放っておくことも、とてもできないだろうよ」と、などと言う者もいる。
源氏は「どんなつもりで、海の底まで深く思い詰めているのだろう。そこの海松布も、見る目にも鬱陶しく」と、などとおっしゃって、ただの話として聞き流してはいらっしゃらない。こういうふうに普通とは違い、わざとひねくれたことを、お好みになるお心なので、〔供人たちは〕ご関心をお留めになったのだろうかと、お見申し上げる。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。