第5帖 若紫 / 第3場面
柴垣の少女
あらすじ・人物・読み方
夕暮れ、源氏と惟光は、柴垣の向こうにいる尼君や少女の様子を見ます。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
〔供人たちは〕夕方になってきても発作が起こらなくなったようなので、早くお帰りになっていただきたいと申し上げていると、聖は「物の怪なども加わっていたご様子でしたので、今夜はやはり静かに加持などをして差し上げてから、お帰りください」と、申し上げる。それももっともだと、皆が申し上げる。源氏もこういう旅での宿泊には慣れていらっしゃらないので、それはそれで面白くて、「それなら夜明けに」とおっしゃる。
日もたいそう長く、退屈なので、夕暮れのたいそう霞のかかっているのに紛れて、〔源氏は〕あの小柴垣の所へお出になる。供人たちはお帰しになり、惟光だけをお供にして、のぞいてご覧になると、ちょうどこの西側の部屋で、持仏を据え申し上げ、勤行する尼たちがいるのだった。簾を少し上げて、花をお供えするようだ。
中の柱にもたれて座り、脇息の上に経を置いて、たいそう具合が悪そうに読んで座っている尼君は、普通の身分の人とは見えない。四十余りほどで、たいそう色白く気品があり痩せているけれど、顔つきはふっくらとしていて、目もとや、髪が愛らしく削いである、その先も、かえって長い髪より、ずっと華やかなものだなと、〔源氏は〕心を引かれてご覧になる。
こざっぱりした大人の女が二人ほどいて、それから子どもたちが出たり入ったり遊んでいる。その中に、十歳ほどだろうかと見えて、白い衣や山吹色などの着慣らしたものを着て、走って来た女の子は、ほかに大勢見えていた子どもたちとは比べようもない。たいそう将来が楽しみに見えて、愛らしい顔立ちである。髪は扇を広げたように、ゆらゆらとして、顔をたいそう赤く擦って立っている。
「何があったのです。子どもたちと腹をお立てになったのですか」と、尼君が見上げると、少し似ているところがあるので、〔源氏は〕この尼君の子らしいとご覧になる。〔少女は〕「雀の子を犬君が逃がしてしまったの。伏籠の中に入れておいたのに」と、言ってたいそう残念に思っている。
ここに座っている大人の女が「いつもの考えなしが、こんなことをして、叱られるのはたいそう気に入りませんね。〔雀は〕どこへ行ってしまったのでしょう。だんだんたいそう可愛らしくなっていたのに。烏などが見つけてしまうかもしれません」と言って立って行く。髪はゆったりとしてとても長く、見苦しくない人のようだ。人々が少納言の乳母と言っているらしいこの人は、この子の世話役なのだろう。
尼君は「まあ、なんと幼いこと。あきれるほど幼くていらっしゃるのね。〔私の〕命がこうして今日明日をも知れなくなったことは、何ともお思いにならず、雀を慕っていらっしゃる、その有様といったら。〔生き物を捕らえるのは〕罪になることだと、いつも申し上げているのに。情けない」と言って、「こちらへ」と言うと、〔少女は〕ひざをついて座った。
顔つきはたいそう愛らしく、眉のあたりはほのかに霞んだようで、幼い様子で〔髪を〕かき上げた額の形も髪の様子も、たいそう可愛らしい。成長していく姿を見たい人だな、と〔源氏は〕目をお留めになる。それというのも、限りなく思いを尽くし申し上げている人にたいそうよくお似申し上げているために、見つめずにはいられないのだ、と思うにつけても涙が落ちる。
尼君は〔少女の〕髪をなでながら、「梳くことさえ面倒がっていらっしゃるけれど美しいお髪だこと。たいそう頼りなくいらっしゃることが、しみじみと心配なのです。このくらいの年になれば、こんなにも〔幼く〕はない人もいるのに。亡い姫君は、十二歳で殿に先立たれなさった時、たいそう物事を分かっていらっしゃったものですよ。今、〔私が〕お見捨て申し上げたなら、どうやって世の中で暮らしていこうとなさるのでしょう」と言って、激しく泣くのを〔源氏が〕ご覧になるのも、わけもなく悲しい。
〔少女は〕幼心にも、やはりじっと〔尼君を〕見つめて、伏し目になってうつむいていると、こぼれかかっている髪が、つやつやと美しく見える。
育っていく居場所も分からない若草をあとに残す露は、消えようにも消えることができません。もう一人座っている大人の女が、「本当に」と涙ぐんで、芽生えたばかりの草が育ってゆく先も分からないうちに、どうして露が消えようとなさるのでしょう。と申し上げるうちに、僧都が向こうから来て、
「こちらは外から丸見えではございませんか。よりによって今日は、端近い所にいらっしゃったのですね。この上の聖の所に源氏の中将が、わらわ病のまじないのためにおいでになっていたことを、つい今聞きつけました。たいそうお忍びになっていたので、存じ上げず、ここにいながら、お見舞いにも参らなかったことです」と、おっしゃると、〔尼君は〕「まあ、大変なこと。たいそう見苦しい様子を誰かが見たでしょうか」と言って、簾を下ろした。
〔僧都は〕「この世で評判の高い光る源氏を、こういう機会にお見申し上げなさいませんか。世を捨てた法師の心にも、すっかり世の憂いを忘れ、寿命が延びる〔思いのする〕あの方のお姿です。さあお便りを申し上げましょう」と、言って立つ音がするので、〔源氏は〕お帰りになった。
〔源氏は〕心を引かれる人を見たことだ、こうだから、あの恋好きの者たちはこんな外歩きばかりして、よくそんなはずのないような人まで見つけるのだな。たまたま出かけただけでも、こうして思いがけないことを見るのだな、と、面白くお思いになる。それにしても、たいそう可愛らしい子だったな。何者なのだろう。あの人の代わりに、明け暮れの心の慰めとして見ていたい、という思いが深く心に根を下ろした。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。