ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第5帖 若紫 / 第5場面

山を出る朝

あらすじ・人物・読み方

源氏は北山の夜明けを迎え、病の気分も和らぎます。迎えの人々が到着し、山を出る支度が進みます。

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明け方になったので、法華三昧を行う堂の懺法を唱える声が、山から吹き下ろす風に乗って、聞こえて来る。たいそう尊く、滝の音と響き合っている。吹き乱れる奥山の風に夢から覚めると涙を誘う滝の音であることだ。涙がこみ上げて袖をぬらす、その山の水に澄んで〔ここに住んで〕いる心は、どうして騒ぎましょう。〔僧都は〕「〔私には〕聞き慣れてしまったのでしょうか」と申し上げなさる。

明けてゆく空はたいそう深く霞んで、山の鳥たちもどこということもなく、さえずり交わしている。名も知らない木や草の花々が色とりどりに散り交じって、錦を敷いたように見えるところを、鹿がたたずんだり歩いたりしているのも〔源氏は〕珍しくご覧になるうち、気分の悪さもすっかり紛れてしまった。

聖は身動きもままならないけれど、どうにかして、護身の加持をして差し上げなさる。かれた声でひどく調子外れになっているのも、しみじみと年功がにじんでいて、無造作に読んでいる。お迎えの人々が来て、ご快復のお喜びを申し上げ、宮中からもお使いが来る。僧都は世に見ないような果物をあれこれと、谷の底からまでも掘り出して、もてなしの支度をし、

〔源氏へ〕申し上げなさる。「今年の間は深い誓いを立てておりますので、お送りにも参れないはずであることは、かえって心残りに思われることです」と、などと申し上げて、お酒を差し上げなさる。〔源氏は〕「山の水に心が留まってしまいましたけれど、宮中で〔私の様子を〕気がかりにお思いになっていることも、恐れ多うございますので。またこの花の季節を過ごさぬうちに参りましょう」と、

都の人に帰って語りましょう。この山桜を風が散らす前に来て見られるようにと。おっしゃる。そのお振る舞いは声の調子までもまばゆいほどである。優曇華の花を待ち続けて出会えた心地がして、奥山の桜に目を移す気にもなれません。〔僧都が〕申し上げると〔源氏は〕ほほえんで、「時が来て、一度開くという花はめったにないものですのに」と、おっしゃる。聖はお杯をいただいて、奥山の松の戸を久しぶりに開けて、これまで見たことのない花のようなお顔を見ることです。と涙ぐみながら、お見申し上げる。

聖はお守りにと独鈷を差し上げなさって、僧都は聖徳太子が百済からお得になったという、金剛寺の数珠に玉で飾りをしたものを、そのまま、その国から入れて来た異国風の箱とともに、透ける袋に入れて、五葉の松の枝につけて、紺瑠璃の壺々にお薬を入れて、藤や桜などの枝につけて、土地にふさわしい餞別の品々を、捧げてお差し上げになる。

源氏は聖をはじめ読経した僧たちへの布施や、もてなしへの返礼の品々をさまざまに取りに遣わしていたので、その辺りの山の住人にまでふさわしい品々をお与えになり、読経などをしていただいて、お出になる。

奥に僧都がお入りになって、あの〔源氏が〕申し上げていたことをお取り次ぎになるが、〔尼君は〕「何とも、今は申し上げようがありません。もしお気持ちがあるのでしたら、あと四五年が過ぎてからこそ何とか」と、おっしゃるので、そのようなことですと〔返事が〕同じようでばかりあることを、〔源氏は〕残念にお思いになる。お言葉を僧都のもとにいる小さな童に託して、

夕暮れの薄暗がりにほのかに花の色を見て、今朝は立つ霞のように立ち去りかねています。お返しに、本当に花の傍から立ち去りづらいというのでしょうか。霞ませる空の様子も見てみましょう。と趣のある筆跡でたいそう上品なものをさりげなくお書きになっていた。

〔源氏が〕お車にお乗りになる頃、大殿から、「行き先も分からずにお出かけになってしまったこと」と言って、お迎えの人や公達などが大勢おいでになった。

頭中将左中弁それ以外の公達もお慕い申し上げて、「こういうお供はぜひ勤めさせていただこうと存じておりますのに、あきれたことにお置き去りになったことです」とお恨み申し上げて、「たいそう見事な花の陰で少しも休まずに、そのまま引き返しますのは物足りないことですね」とおっしゃる。

岩陰の苔の上に並んで座って、杯をいただく。落ちて来る水の様子などに趣のある滝のほとりである。頭中将は懐にあった笛を取り出して、澄んだ音で吹いている。弁の君は扇を軽く打ち鳴らして、「豊浦の寺の西にある」と歌う。ほかの人々よりは格別な公達であるが、源氏の君がひどく気分がお悪く、岩にもたれて座っていらっしゃるのは、比べるものもないほど畏れ多く美しいお姿である。何ものにも目を移すことはできそうになかった。

いつもの篳篥を吹く随身や笙などの楽器を持たせた風流好きの者などもいる。僧都は琴を自ら持っておいでになり、「これでほんの一曲だけお弾きになって、どうせなら、山の鳥をも驚かせたいものです」と、熱心に申し上げるので、〔源氏は〕「気分が乱れて、たいそう耐えがたいのですのに」と申し上げなさるが、なるほど感じよくお弾き鳴らしになって、皆がお立ちになった。まだ物足りなく、残念だと物の分からないような年少の法師や童まで涙を落とし合った。

まして、奥では年老いた尼君たちなどが、これまでまったく、こういうお方のお姿を見たことがなかったので、「この世の方とはお思い申し上げられません」と話し合っていた。僧都も「ああどのような宿縁で、このようなお姿でありながら、たいそうむさくるしいこの日本の末の世に、お生まれになったのだろうと拝見すると、たいそう悲しいのです」と、言って、目をおぬぐいになる。

この若君〔少女〕は幼心にすばらしい人だなとご覧になって、「宮のお姿よりもすぐれていらっしゃるのね」と、などとおっしゃる。「それではあの方のお子になって、おいでなさいませ」と申し上げると、〔少女は〕うなずいて、それはとてもよさそうだとお思いになっている。人形遊びにも絵をお描きになる時にも、源氏の君としてお作りになって、美しい衣を着せ大切にお世話なさる。

底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。