第5帖 若紫 / 第8場面
藤壺への思い
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現代語で読む
藤壺の宮がお患いになって、里へお下がりになった。帝が気がかりにお思いになり嘆き申し上げなさるご様子も、〔源氏は〕たいそうお気の毒に拝見しながら、せめて、こういう折にでもと心も落ち着かず、さまよって、どちらへもお出かけにならない。宮中でもご自宅でも昼はじっと物思いにふけって暮らし、日が暮れると王命婦に繰り返しお迫りになる。
どのように計らったのだろうかたいそう無理をして、〔藤壺を〕拝見している間さえ現実とは思われないそのつらいことよ。宮もあの驚き呆れた出来事をお思い出しになるだけでも、いつまでも続くお悩みであるのに、せめて、それきりに終わりにしようと深く、お思いになっていらしたので、たいそうつらく、並々でないご様子であるものの、親しみ深く、かわいらしく、かといって、気をお許しにもならず、奥ゆかしく、気おされるようなお振る舞いなどが、やはりほかの人とは似ていらっしゃらないので、どうして、せめて、人並みな所さえおありでないのだろうと、〔源氏は〕恨めしくさえお思いになる。
どんなことをすべて、申し上げきることがおできになろう。暗部山に宿りをも取りたいご様子だが、あいにくの短い夜で呆れるほどかえって、つらいことである。会っても、また会う夜はまれな夢の中へそのまま紛れてしまう我が身であってほしい。とむせび泣きなさるその様子もさすがに心を動かされるほどなので、
世の語り草に人は伝えるでしょうか。たぐいなく、つらいこの身を覚めない夢にしてしまっても。と思い乱れていらっしゃるそのご様子もたいそうもっともで恐れ多い。命婦の君がお直衣などをかき集めて、持って来た。
〔源氏は〕お屋敷にお帰りになって、泣きながら、臥せて、お過ごしになった。お手紙などもいつものように御覧くださらないとの返事ばかりなので、いつものこととはいえ、つらく、ひどく、ぼんやりとおなりになって、宮中へも参上なさらず、二三日籠もっていらっしゃると、またどうしたのかと〔帝が〕きっとお心をお動かしになりそうなのも、恐ろしくばかりお感じになる。
宮もやはりたいそうつらい我が身であることよとお嘆きになるうちに、お身体の苦しさもお増しになって、早く、宮中へお戻りになるようにとのお使いが、続くけれど、戻ろうとお思い立ちにもならない。本当にお身体がいつものようでもいらっしゃらないのは、どうしたことかと人知れず、お考えになることもあったので、つらく、どうなるのだろうとばかり思い乱れなさる。暑い間はますます起き上がりにもおなりにならない。〔身ごもって〕三か月におなりになるとたいそうはっきり分かるほどなので、人々がお目を留めて、拝見するにつけ、驚き呆れるそのご宿縁がつらい。人は思いも寄らないことなので、この月まで帝にお知らせなさらなかったとはと驚き申し上げる。
ご自身のお心の内だけでははっきりとお分かりになることもあった。お湯殿などにも近しく、お仕えして、どのようなご様子もはっきりと拝見して知っている、乳母の子である弁の命婦などは不思議なことと思うけれど、互いに話を合わせるようなことでもないので、やはり逃れがたかったご宿縁を〔王〕命婦は驚き呆れたことと思う。
帝には物の怪のお騒ぎに紛れて、すぐにははっきりした兆しもおありでなかったようにお申し上げしたのであろう。誰もそうとばかり思っていた。〔帝は〕いよいよいとおしく、この上なく、お思いになって、お使いなどの絶え間ないのも〔藤壺は〕そら恐ろしく、物思いをなさることに絶え間がない。
中将の君〔源氏〕もたいそう大げさな異様な夢をお見になって、夢占いをする者をお召しになって、お尋ねになると、思いも寄らない及びもつかないような事を占い出した。その中に食い違う所があって、お慎みになるべきことがございますと言うので、〔源氏は〕わずらわしく、お感じになって、「自分の夢ではない人のお話を語っているのだ。この夢が現実になるまでまた人には話すな」とおっしゃって、お心の内ではどのようなことだろうとお考え続けていらしたところ、この宮のご懐妊のことをお聞きになって、もしそういうことでもあるのかとお考え合わせになると、いよいよ並々でない言葉を尽くして、申し上げなさるけれど、
命婦も考えてみるとたいそう気味が悪く、わずらわしさが増して、まったく、計らうようもない。ほんの一行ほどのたまのお返事もすっかり絶えてしまった。七月になって、〔藤壺は〕宮中へお戻りになった。〔帝には〕久しぶりでいとおしく、いよいよ深まるお思いは限りがない。
少しふっくらとおなりになって、お患いで面やつれなさったのもまたとりわけ並ぶものなく、お美しい。〔帝は〕いつものように朝夕こちらにばかりいらっしゃって、音楽のお遊びも次第に趣深くなる季節なので、源氏の君も絶えず、お召しになって、おそばから、お離しにならず、琴や笛などさまざまにお仕えなさるようにおさせになる。〔源氏は〕ひどく、お隠しになるけれど、抑えがたい思いの漏れ出る時々、宮もさすがに心に掛かる事々を多く、お考え続けになるのであった。
あの山寺の方は〔お身体が〕よくなって、お出になったのだった。〔源氏は〕京のお住まいをお尋ねになって、折々のお便りなどがある。同じようなご返事ばかりなのももっともであるそのうちに、この数か月は前にも増した物思いに明け暮れほかの事もなく過ぎてゆく。秋の終わり頃、たいそう心細く、お嘆きになる。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。