ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第5帖 若紫 / 第9場面

尼君を見舞う夜

あらすじ・人物・読み方

源氏は出かける途中、少女の祖母の病が重いと聞き、立ち寄って見舞います。

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月の趣深い夜ひそかに通う所へやっとお思い立ちになったところ、時雨めいて、雨が降りかかる。おいでになる所は六条京極の辺りで、宮中からなので、少し道のりが遠い心地がするその途中に、荒れた家の木立がたいそう古びて、薄暗く見えるそんな家がある。

いつものお供を離れない惟光が、「亡くなられた按察大納言のお屋敷でございます。先日用事のついでにお訪ねしましたところ、あの尼君がひどく、お弱りになってしまわれたので、ほかの事は何も考えられませんと申しておりました」と申し上げるので、「お気の毒なことだ。お見舞いするべきだったのに、なぜそのようだとでも知らせなかったのか。入って、取り次ぎを頼め」とおっしゃるので、人を入れて、事情を問い合わせさせる。

わざわざこうして、お立ち寄りになったのだと言わせたので、〔取次が〕入って、「こうして、お見舞いにお越しになりました」と言うと、〔女房たちは〕驚いて、「たいそう恐れ多いことです。このところ、まったく、望みのないほどにおなりになりましたので、お目にかかることなどはおできになりますまい」と言うけれど、お返し申し上げるのは恐れ多いとして、南の廂を整えて、お入れ申し上げる。

「たいそう見苦しい有様でございますが、せめて、御礼をと、思いがけず、奥深いお居間にまで」と申し上げる。なるほどこういう場所はいつもとは違って、お感じになる。「いつもお伺いしようと思い立ちながら、甲斐のないようにばかりお扱いになるので、気が引けておりました。お患いのことも、これほどとは伺わずにいたその不行き届き」といったことを申し上げなさる。

〔尼君は〕「心の乱れはいつともなく続いておりますが、今は命の終わりの有様になりまして、たいそうありがたくもお立ち寄りくださったのに、自分から、お話し申し上げられませんこと。おっしゃってくださるお話の筋をもしもお思い変わりなく、お持ちでしたら、このような無理な年齢を過ぎましたら、きっと一人前にお扱いください。たいそう心細そうなまま、〔わたくしが〕見て残しますことが、願っております〔仏〕道の障りと思われそうでございます」などと申し上げなさる。

たいそう近いので、心細そうなお声が途切れ途切れに聞こえて、「たいそう恐れ多いことでございます。せめて、この君でも御礼を申し上げられるような年頃でいらっしゃいましたら」と、おっしゃる。〔源氏は〕しみじみとお聞きになって、「どうして、浅く思っていることのために、このような好色めいた姿をお見せ申し上げましょう。どのようなご縁なのか初めて、お目にかかった時から、しみじみとお慕い申し上げるのも不思議なほどこの世だけのこととは思われません」と、おっしゃって、

「甲斐のない心地ばかりいたしますので、あの幼くいらっしゃる君のお声を一言どうにか」とおっしゃると、「いえ、何もかもお分かりにならぬ様子でお寝みになってしまって」と、申し上げるちょうどその時、向こうから、来る音がして、「おばあさま、あの、このお寺にいらした源氏の君がおいでなのですって。どうして、お会いにならないの」とおっしゃるので、人々はたいそう気が気でなく思って、「お静かに」と申し上げる。「さあ、『〔あの方を〕見たので、気分の悪さが慰んだ』とおっしゃったからですもの」と賢いことを聞いて覚えたとお思いになって、おっしゃる。

〔源氏は〕たいそうかわいらしいとお聞きになるけれど、人々が困ったと思っているので、聞かなかったようにして、心をこめたお見舞いの言葉をお残しになって、お帰りになった。「なるほど何とも、幼い様子であることよ。それでも、たいそうよく、教えてゆこう」とお思いになる。

翌日もたいそう心をこめて、お見舞い申し上げなさる。別の〔手紙は〕小さくて、幼い鶴のその一声を聞いてから、葦間にとどこおる舟はどうにもなりません。同じ方なのだろうかと思うほどことさらに幼く、お書きになったのも、たいそう趣深いので、そのまま、お手本にと人々は申し上げる。少納言から、お返事申し上げている。「お尋ねくださった方は今日さえも過ごし難いご様子で、山寺へ移って参るところでございまして、こうして、お見舞いくださった御礼はこの世でなくとも、申し上げましょう」とある。

〔源氏は〕たいそうしみじみとお思いになる。秋の夕べはますます心の休まる暇もなく、思い乱れてばかりいらっしゃる、〔藤壺の〕おあたりに心を掛けて、無理な縁までも尋ね求めたいお気持ちが強まっていらっしゃるのであろう。「消えることもできない」とあったその夕べが自然とお思い出されて、恋しいけれど、一方見劣りするのではとやはり不安でもある。手に摘んで早くも眺めたい。紫の根につながっている野辺の若草を。

底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。