第5帖 若紫 / 第10場面
尼君の死を知る
あらすじ・人物・読み方
行幸の準備が続くなか、山からの便りで尼君の死を知ります。
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現代語で読む
十月には朱雀院への行幸がある予定である。舞人などは身分高い家の子供たち、また上達部や殿上人たちなども、その方面にふさわしい者は皆お選びになったので、皇子たちや大臣をはじめそれぞれの技をお稽古になる忙しさである。
山里の人にも長らく、お便りをなさらなかったことを、お思い出しになって、わざわざお遣わしになったところ、僧都からのお返事だけがある。「先月の二十日頃にとうとう〔尼君を〕亡くしてしまいまして、世の習いとはいえ、悲しんでおります」などと、あるのを御覧になると世の中のはかないことも、しみじみと、〔尼君が〕気がかりにお思いであった人もどうしているだろうか、幼い身で慕っているであろうかと、亡き御息所に取り残され申し上げたことなどをはっきりとはしないけれど、お思い出しになって、並々でなく、お悔やみをお送りになった。
少納言が趣のあるお返事などを申し上げた。忌みの期間などが過ぎて、京のお屋敷に戻っているとお聞きになると、しばらく、たってから、ご自身で静かな夜においでになった。たいそうもの寂しく荒れた所で人も少ないので、幼い人にはどんなに恐ろしいだろうと思われる。いつもの所にお入れ申し上げて、少納言が〔尼君の〕ご様子などを泣きながら、申し上げ続けると、〔源氏の〕お袖も思いがけず、濡れてしまう。
「宮のお宅へお移し申し上げようとしておりますが、亡き姫君〔少女の母〕がたいそう薄情でつらい方とお思い申し上げていらしたこともあり、ほんの赤子という年齢でもないのに、まだはっきりと人の接し方もお分かりにならず、中途半端なお年頃で、たくさんいらっしゃるという中へ軽く見られる人として、交じって、おいでになろうかなどと、亡くなられた方もいつもお嘆きになっていらしたのも、そのとおりと思われる事が多く、ございますので、このように恐れ多いお言葉は、後々のお気持ちを推し量り申し上げることもせずに、たいそううれしく、思われるような折でございますけれど、少しも〔お相手に〕匹敵するようなご様子でもいらっしゃらず、お年よりも子供らしく、お育ちでいらっしゃるので、たいそう気が引けるのでございます」と、申し上げる。
「なぜこのように繰り返しお伝え申し上げるその心のほどを気におかけになるのでしょう。その何もお分かりでないご様子が〔私には〕いとおしく、もっと拝見したいと思われるのも、ご縁が特別なのだと自分の心ながら、思い知られました。やはり人づてではなく、お伝え申し上げたいものです。葦の生える和歌の浦では海松布を得がたく、お会いするのは難しくとも、ただ立って、帰る波ではありません。御迷惑でしょうが」とおっしゃるので、「本当にたいそう恐れ多いことで」と言って、寄せる波の心も知らずに、和歌の浦の玉藻がなびくであろうその境遇は、頼りなく浮いております。無理なことでと申し上げるその様子がたしなみのあるものなので、〔源氏は〕少し大目にお見になる。「どうして、越えないことがあろう」と口ずさみなさるのを、若い女房たちは身に染みて、感じている。
君〔少女〕はおばあさまをお慕い申し上げて、泣き臥せていらっしゃるところ、お遊び相手たちが直衣を着た人がいらっしゃるので、宮がおいでになったようですと申し上げると、起き出していらして、「少納言直衣を着て来たという方はどちら。宮がいらしたの」と言って、近寄っていらしたそのお声がたいそう愛らしい。
「宮ではないけれど、また別の者とお思いになることも、ありません。こちらへ」と〔源氏が〕おっしゃるのを、〔少女は〕気おされたあの方だとさすがに聞き分けて、まずいことを言ってしまったとお思いになって、乳母に寄り添って、「さあ、行こうよ。眠いのに」とおっしゃるので、「今さらどうして、お隠れになるのでしょう。この膝の上でお休みなさい。もう少しお寄りなさい」とおっしゃるので、乳母は「ですから、このように世慣れないお年でいらっしゃるので」と言って、お寄せ申し上げたので、何の思惑もなく、座っていらっしゃるところ、〔源氏が〕手を差し入れて、お探りになると、柔らかなお着物に髪はつやつやと掛かっていて、その先がふさふさと手探りに触れられるその様子が、たいそうかわいらしく、想像される。
〔源氏が〕手をお取りになると、〔少女には〕異様に見慣れない人がこうもお近づきになるのは恐ろしいので、「もう寝ようと言っているのに」とひそかに奥へお引っ込みになると、〔源氏も〕ついて、滑り入って、「これからは私こそ頼りになさるべき人です。よそよそしく、なさらないで」とおっしゃる。乳母は「まあ、何ということ。とんでもないことでございます。お話しくださったとしても、何の甲斐もございますまいのに」と言って、困った様子に思っているので、「それでも、このようなお年頃の方に何がありましょう。ただ世にない思いのほどを最後まで見届けてください」とおっしゃる。
あられが降り荒れて、もの寂しい夜の有様である。どうして、このように人も少なく、心細く、お過ごしになるのだろうと〔源氏は〕涙をお流しになって、たいそう見捨てては行き難い様子なので、「格子を下ろしてしまいなさい。何となく、恐ろしい夜の様子のようですから、宿直人として、おりましょう。あなた方は皆でこう控えていてください」と、言って、たいそう慣れた様子で御帳台の中へ〔少女を〕抱いて、お入りになるので、妙な思いも寄らないことだと呆れて、誰も彼も座っている。乳母は気がかりで困ったことと思うけれど、荒々しく、騒いで申し上げるわけにもゆかないので、ため息をつきながら、座っている。
若君はたいそう恐ろしく、どうなるのだろうと自然に震えてしまって、たいそうかわいらしいお肌の様子もぞくぞくと寒そうにお感じになっているのを、〔源氏は〕いとしく感じて、衣一枚ほどでお包みになって、ご自身も一方では妙な心地におなりになるけれど、心をこめて、お話しになって、「さあ、いらっしゃい。面白い絵などもたくさんあって、お人形遊びなどをする所へ」と、気に入りそうなことをおっしゃるそのご様子がたいそう親しみ深いので、幼い心にもひどく、怖がることはなく、それでも、やはり落ち着かず、寝つきもせず、
身じろぎしながら、臥せていらっしゃる。夜通し風が吹き荒れるので、「本当にこうして、いらっしゃらなかったら、どんなに心細かったでしょう。いっそのこと〔若君が〕ふさわしい年頃でいらっしゃいましたら」と、ささやき合っている。乳母は気がかりなので、たいそう近くに控えている。
風が少し吹き止んだ頃、夜の深いうちにお出になるのも、何かがあったような顔つきであることよ。「たいそういとおしく、拝見するそのご様子なので、これからはいよいよほんの少しの間も気がかりでしょう。朝夕物思いにふけっている所へお移し申し上げましょう。こうしたままではどうでしょう。よく、怖がらずにいらっしゃいましたね」と、おっしゃると、「宮もお迎えになどとおっしゃってくださいますが、この四十九日を終えてからでもなどと思っております」と、申し上げるので、
「頼りとなるご関係ではあっても、ほかの所でお育ちになった身には、やはり同じようによそよそしくお感じになるでしょう。これから、お世話申し上げるにしても、深い思いはきっと勝ることでしょう」と、言って、撫でながら振り返りがちにお出になった。
たいそう霧の立ち込めた空も並々でない風情で、霜はたいそう白く、降りていて、本当の恋の朝帰りでも趣深く、思われそうなのに、寂しく、お思いでいらっしゃる。ひそかにお通いになる所への道であったことをお思い出しになって、門を叩かせなさるけれど、
聞きつける人がいない。甲斐がないので、お供の声のよい人に歌わせなさる。明け方霧の立つ空の中で道に迷うにしても、通り過ぎ難いのはあなたの門ですよ。と二度歌ったところ、風流ぶった下働きの女を外へ出して、立ち止まって、霧のかかる垣根を通り過ぎにくいのなら、草の戸の戸締まりで〔あなたを〕困らせたりはしません。と言いかけて、中へ入ってしまった。その後は誰も出てこないので、帰るのも風情のないことだが、空も明けてきて、決まりが悪いので、邸へお帰りになった。
〔源氏は〕愛らしかった人の名残が恋しくて、一人でほほえみながら、お休みになっている。日が高くなってから、お目覚めになって、手紙をお送りになるのにも書くべき言葉がいつものようにはいかないので、筆を置いては気ままにお過ごしになっている。面白い絵などをお送りになる。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 第5冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。