第15帖 蓬生 / 第3場面
狐の棲む邸
あらすじ・人物・読み方
もともと荒れていた宮の内は狐の棲みかとなり、梟や木霊が現れるほどになる。邸の木立ちを売って住まいを改めてはという女房たちの勧めも、君は亡き親の面影の残る古い住まいだと言って退ける。調度を欲しがる人々の申し出も女房たちが取り紛らわし、君は亡き人の本意に違うと言って決して手放そうとしない。たまに訪れる兄の禅師の君も世を離れた聖で、庭の草さえ払おうとしない。
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現代語で読む
もともと荒れていた宮の内は、ますます狐の棲みかとなって、気味悪く、遠く感じられる木立ちに、梟の声を朝夕耳に慣らしながら暮らすうち、人の気配があるうちは、そうした者どもも妨げられて姿を隠していたが、木霊など、怪しからぬ者どもが、所を得て次第に形を現し、わびしいことばかりが数知れず起こるようになるにつけ、まれまれ残ってお仕えする人は、
「やはり、たいそうお気の毒です。この受領たちが、風情のある家造りを好んで、この宮の木立ちを気に入り、お手放しになってはと、周囲に付いて申し入れさせているのですから、そのようにおさせになって、こういう物恐ろしくないお住まいに、お移りになってください。残ってお仕えする者も、たいそう堪えがたいことです」
などと申し上げるけれど、
「まあ、情けない。人が聞いてどう思うかということもあります。生きている世の中で、そんな跡形もない仕業を、どうしてできましょう。こんなに恐ろしげに荒れ果ててはいても、親の面影が残っている心地のする古い住まいだと思うにつけ、慰められこそします」
と、泣きながら、〔売ることなど〕お考えにもならない。
お調度の数々は、たいそう古風に由緒あるもので、昔風で端正なのを、半端に物の由緒を知っているつもりの人が、その品を必要として、わざわざあの人この人に〔君が〕おさせになったのだろうと尋ね聞いて、〔譲ってほしいと〕申し入れてくる者も、自然とこのような貧しい邸だと思い侮って言ってくるのを、いつもの女房たちは、
「どういたしましょう。そのことは世間の常のことです」
と言って、取り紛らわしながら、目先の今日明日の見苦しさを繕おうとする時もあるのを、〔君は〕ひどくいさめて、
「ご覧になろうと思ってこそ、〔亡き親王は調度を〕そうお備えになったのでしょう。どうして、軽々しい人の家の飾りなどにできましょう。亡き人のご本意に違うのが、哀れなことです」
とおっしゃって、そのようなことはおさせにならない。
ささやかな用事にでも、見舞い申し上げる人はいないお身の上である。ただ、お兄上の禅師の君だけが、まれに京へお出になる時は、のぞき込んでくださるが、その方も、世にまたとない古風な人で、同じ法師という中でも、手立てもなく、この世を離れた聖でいらっしゃって、茂った草や蓬をさえ、かき払おうという気もお持ちでない。
こうしているうちに、浅茅は庭の面も見えないほどに茂り、蓬は軒と争って生い上る。葎が東西のお門を閉じ込めているのが頼もしいけれど、崩れがちな周囲の垣を馬や牛などが踏みならした道にして、春夏になれば、放し飼いの子牛の心までが、目覚ましいほど〔勝手気ままである〕。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第15冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。