ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第16帖 関屋 / 第2場面

逢坂の関の行き逢い

あらすじ・人物・読み方

関に入る日、打出の浜で常陸介の一行は源氏の行列に出会い、木陰に車を避けてお通しする。源氏は右衛門佐となった小君を呼び寄せ、空蝉は人知れず涙の歌を心に詠む。

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打出の浜まで来た頃、「殿は粟田山をお越えになった」と、前駆の人々が、道を避ける暇もなく押し込んできたので、関山で皆車から下りて、あちこちの杉の下に車を引き下ろし、木陰に座ってかしこまり、お通し申し上げる。車などは、一方は後へ下がらせたり、先に立てたりしたが、それでも一団は広く場所を取って見える。

車は十ほど、袖口や着物の色合いなども車から漏れ出て見えているが、田舎びておらず、風情があって、斎宮の下向の何かの折の物見車を思い出される。殿〔源氏〕も、このように世に栄え出でなさる珍しさに、数え切れない前駆の人々が、皆目を留めていた。

九月の晦日なので、紅葉がさまざまに濃く交じり、霜枯れの草がむらむらと趣深く見え渡る中に、関屋から、さっと崩れ出てきた旅姿の人々の、色とりどりの襖の似つかわしい縫い物や、括り染めの様子も、それなりに趣深く見える。〔源氏は〕御車は簾を下ろして、あの昔の小君、今は右衛門佐になっている人を呼び寄せて、「今日のこの関でのお迎えは、思い捨てることはできまい」などとおっしゃるお心のうち、しみじみと思い出されることが多いけれど、大勢の供の中ではどうしようもない。女〔空蝉〕も、人知れず昔のことを忘れていないので、思い返して、しみじみと物哀れである。

行くにつけ来るにつけ、堰き止めにくい涙を、絶えることのない清水と人は見るでしょうか。〔源氏は〕お知りになるはずもない」と思うにつけても、まったくどうしようもない。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第16冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。