第16帖 関屋 / 第3場面
右衛門佐を介する文の応酬
あらすじ・人物・読み方
源氏は右衛門佐に消息を託し、偶然の行き逢いを嘆く歌を送る。長年の疎遠を恥じらいながらも、空蝉は逢坂の関を詠んだ返歌を返す。
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現代語で読む
石山からお出になるお迎えに右衛門佐が参上して、通り過ぎた際のお礼などを申し上げる。昔、童であった頃、たいそう親しく可愛がっておられたので、冠位などを得るまで、この方のご威徳に守られていたのに、思いがけない世の騒ぎがあった頃、世間の聞こえを憚って常陸へ下ったことを、少し気がかりに長年思っておられたけれど、表にはお出しにならず、昔のようではないけれど、なお親しい家人の中には数えておられた。
紀伊守といった人も、今は河内守になっていた。その弟の右近将監が、職を辞して〔須磨へ〕お供に下ったのを、格別に取り立てておられたので、それで誰もが思い知って、「どうして少しでも、世間に従う心を使ったのか」などと、思い出していた。
〔源氏は〕佐を呼び寄せて、お便りを託される。〔佐は〕「今はお忘れになるはずのことを、長く心に掛けておられることよ」と思っていた。
「先日は、〔かねての〕契りが知られたのを、そのようにはお思い知りになったでしょうか。偶然に行き逢う道を頼みにしていたけれど、やはり甲斐がない。潮の満ち引きもない内海のようだ。関守が、あれほど羨ましく、恨めしく思われたことです」とあった。
「長年のおとずれの絶え間も、疎遠になってしまったけれど、心にはいつともなく、ただ今のような思いがする習慣になっていて。好き心が過ぎて、ますます憎まれるでしょうか」と言って、〔文を〕お渡しになったので、〔佐は〕畏れ多く受け取って持って行き、
「ぜひ、お答え申し上げてください。昔よりは少しご不満なこともおありかと思われますのに、昔と同じようなお心の懐かしさが、ますます有り難く思われます。戯れ言は無用なことと思いますが、どうしても率直にはお答え申し上げられません。女の身としては、お負け申し上げたことで、罪はお許しいただけるでしょう」などと言う。
今は、なおさらひどく恥ずかしく、何もかも疎遠な心地がするけれど、珍しいことからか、堪えきれなかったのだろうか、逢坂の関とはどのような関なのでしょう。茂る嘆きの仲を分け隔てるとは。夢のようです」と申し上げた。しみじみとした情も辛さも、忘れられない節のある人としてお心に留めおかれた人なので、折々はなお言葉をかけて心を動かされた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第16冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。