第19帖 薄雲 / 第8場面
藤壺の病と崩御、薄雲の歌
あらすじ・人物・読み方
入道后藤壺が春から病み続け、三月に重くなって冷泉帝が見舞う。三十七歳で灯が消えるように崩御し、源氏は長年の思いも絶えたことを嘆く。葬送の後、二条院で夕日の峰にたなびく薄雲を眺め、亡き人を偲んで独り歌を詠む。
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現代語で読む
入道后の宮〔藤壺〕が、春の初めからずっとお悩み続けて、三月にはたいそう重くおなりになったので、〔冷泉帝の〕行幸などがある。院〔桐壺院〕とお別れ申し上げなさった頃は、たいそう幼くて、物事を深くもお思いでなかったのに、〔帝が今は〕たいそうお思い嘆いていらっしゃるご様子なので、宮〔藤壺〕もたいそう悲しくお思いになる。
「今年は、きっと逃れられない年と思っておりましたけれど、大げさな心地もいたしませんでしたので、命の終わりを知っているような顔をいたしますのも、人が嫌に、仰々しく思うだろうとはばかって、功徳を積むことなども、わざわざ例より取り分けてはいたしませんでした。
〔帝が〕お越しになって、心穏やかに昔のお話などもしたいと思いながら、〔病でない〕普通の状態でお会いする折が少なくございましたので、残念で、心晴れずに過ぎてしまいましたこと」
と、たいそう弱々しく申し上げなさる。
〔藤壺は〕三十七歳でいらしたのだった。けれども、たいそう若く盛りでいらっしゃるお姿を、〔帝は〕惜しく悲しいと拝見なさる。
「お慎みになるべきご年齢であるのに、晴れ晴れした様子でなく、数月をお過ごしになることさえ、ずっと嘆いておりましたのに、ご養生などをも、普段より格別になさらなかったこと〔が心残りです〕」
と、〔帝は〕たいそう残念にお思いになった。ただこの頃になって初めて、驚いて、万事の〔看病や祈りの〕ことをなさる。数月は、いつものご病気とだけ油断していたことを、源氏の大臣も深く反省なさっていた。〔宮中での滞在には〕限りがあるので、ほどなく〔帝が〕お帰りになるのも、悲しいことが多かった。
宮〔藤壺〕は、たいそう苦しくて、はっきりと物も申し上げなさらない。お心のうちに思い続けると、「高い前世の因縁で、世の栄華も並ぶ人がなく、心のうちに物足りなく思うことも人より勝っていた身の上だ」と思い知らされる。主上〔冷泉帝〕が、夢の中にも、このような事情の真実をお知りでないのを、さすがに心苦しく拝見なさって、このことだけが、心配でわだかまることとして、お心に残るような気がなさったのだった。
大臣〔源氏〕は、朝廷方面でも、このように尊い方々が相次いでお亡くなりになるだろうことをお思い嘆く。人知れない悲しみは、また、限りがなくて、お祈りなど思いつかないことはない。長年思いを絶っていた筋〔藤壺への思い〕までも、今一度、お話し申し上げることができなくなったのが、たいそうつらく思われるので、〔藤壺の〕近くの御几帳のもとに寄って、ご様子などを、ふさわしい女房たちにお尋ねになると、親しい者ばかりが控えていて、細かに申し上げる。
「数月お悩みになっているご気分なのに、ご修行を少しの間も怠らずなさり続けた積み重ねが、ますますひどくお衰えになったところ、この頃になっては、柑子などにさえ、お触れにならなくなったので、頼みにできるところがなくなってしまわれたことです」
と、泣き嘆く人々が多かった。
「院〔桐壺院〕のご遺言にかなって、内裏〔冷泉帝〕の後見を申し上げていらっしゃること、長年思い知っておりますことが多いけれど、何につけて、そのお心寄せが格別である様子をも、お漏らし申し上げようとだけ、のんびり思っておりましたのに、今になってあわれに残念です」
と、かすかにおっしゃるのも、ほのかに聞こえるのに、〔源氏は〕お返事も申し上げきらず、お泣きになる様子が、たいそう痛ましい。「どうしてこんなにも心弱い様子に〔なるのだろう〕」と、人目を思い返しなさるけれど、昔からのご様子を、世間一般のことにつけても、惜しんでも惜しみ足りない方のご様子を、心のままにできることではないので、引き留め申し上げる方法もなく、どうしようもなく思われることが限りない。
「頼りない身ながらも、昔から、〔宮の〕後見を申し上げるべきことを、心の至る限り、おろそかでなく思ってまいりましたのに、太政大臣がお隠れになったことさえ、世の中が、心慌ただしく思われますのに、また、このように〔ご病気で〕いらっしゃると、万事に心が乱れまして、世に生きておりますことも、心残りのない心地がいたします」
などと申し上げるうちに、灯火などが消え入るように〔藤壺が〕お亡くなりになったので、〔源氏は〕どうしようもなく悲しいことをお思い嘆く。
畏れ多いご身分のほどと聞こえる中でも、ご気性などが、世の例にも広くあわれ深くいらして、権勢ある家に寄せかけて、人の嘆きになることなども自然と混じるものなのに、少しもそのような事の乱れはなく、人が〔宮に〕お仕え申し上げることでも、世の苦しみになるべきことは、お止めになる。
功徳を積む方面でも、勧める者に従って、厳めしく珍しくなさる人なども、昔の賢い世には皆いたけれど、この方〔藤壺〕は、そのようなことはなく、ただ元からの宝物、いただくはずの年官、年爵、御封の物のふさわしい範囲だけにして、本当に心深い事どもの限りをなさっておかれたので、何とも〔宮と〕分け隔てのない山伏などまでも惜しみ申し上げる。
〔藤壺を棺に〕お納め申し上げるにも、世の中に響いて、悲しいと思わない人はいない。殿上人など、すべて喪服の同じ色に黒く染まり渡って、華やかさのない春の終わりである。二条院のお庭の桜をご覧になっても、花の宴の折などをお思い出す。「今年だけは〔桜も見たくない〕」と、独り言をおっしゃって、人に見咎められそうなので、御念誦堂にお籠もりになって、一日中泣き暮らしなさる。夕日が華やかに差して、山際の梢があらわになっているところ、雲が薄く渡っているのが、鈍色であるのを、何事にもお目が留まらない頃であるけれど、たいそう物哀れにお思いになる。
入り日の光が差す峰にたなびく薄雲は、物思いに沈む〔私の喪の〕袖の色と見まがうばかりである。
人に聞かれる所ではないので、〔詠んでも〕かいがない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第19冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。