第20帖 朝顔 / 第10場面
女君への言い訳
あらすじ・人物・読み方
源氏は姫君の固い心に思いを残しながらも、二条院で夜離れを重ねることを女君に慰め言い訳する。女君は額髪を引き繕っても背を向け、源氏は雪の夕暮に昔を思いながら、日一日を慰め続ける。
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甲斐もなくて、たいそうまじめに恨み申し上げてお出になるのも、たいそう若々しい心地がなさるので、「こんなに、世の例になってしまうような有様を、お漏らしなさいますな。決して。いさら川なども馴れ馴れしいことです」と言って、切にささやき語らいなさるけれど、何のことだろうか。人々も、
「ああ、畏れ多いこと。しきりに情けに後れても、おもてなし申し上げなさるのだろう」「軽々しく押し立ってなどはお見えにならないご様子を。心苦しく」と言う。
本当に、〔朝顔の姫君の〕人の身のほどを、おかしくもあはれにも、〔源氏は〕お分かりでないのではないけれど、「物思いを知る様子でお目にかかると言っても、並々の世の人が結構だと申し上げる列にお思いなさるだろうか。一方では、軽々しい心のほどもお見知りになったに違いなく、恥ずかしそうなご様子を」とお思いになると、「懐かしい情けも、たいそうつまらない。よそへのお返事などは、絶えることなく、はっきりしないほどでない程度に申し上げて、人伝てのお返事を、みっともなくなく過ごそう。長年沈んできた罪が消えるほどご修行を」と思い立ちはなさるが、「急にこのようなご用事を、あえて離れた顔つきでいるのも、かえって今風なように見え聞こえて、人の取りなしはしないだろうか」と、世の人の口うるささをお分かりになっていたので、一方では、お仕えする人にもうちとけなさらず、ひどくお心遣いなさりながら、次第にご修行ばかりをなさる。
ご兄弟の君達は大勢いらっしゃるけれど、同じ御腹ではないので、たいそう疎々しく、宮の内はたいそう寂しくなってゆくままに、あれほど立派なお方が、熱心にお心を尽くし申し上げなさるので、皆の人が、心を寄せ申し上げるのも、一つの心と見える。
大臣〔源氏〕は、しきりにお思い入れなさるのでもないけれど、つれないご様子の恨めしさに、負けてやめてしまうのも残念で、本当にまた、〔姫君の〕ご様子が、世の評判格別に、立派で、物事を深くお分かりになり、世の人の、あれこれの区別も聞き集めなさって、昔よりも多く年月を経てまさってお思いになるので、今さらのご戯れ心も、一方では世の非難をもお思いになりながら、「空しく終わるなら、ますます人笑いになるだろう。どうしよう」と、お心が動いて、二条院に夜離れを重ねなさるのを、女君は、冗談にしにくくばかりお思いになる。お忍びになるけれど、どうして漏れ出る折がないだろうか。
「不思議に例のないご様子こそ、分かりにくいことです」と言って、御髪を掻きやりながら、お気の毒にお思いになっている様子も、絵に描きたいほどのお二人の間柄である。
「宮〔冷泉帝の御母〕がお亡くなりになって後、帝がたいそう物足りなげにばかり世をお思いなのも、心苦しく拝見し、太政大臣もいらっしゃらず、見て譲る人のないことの多さに。この頃の絶え間などを、見慣れないこととお思いになるのも、もっともで、あはれだけれど、今はそれでも、心のどかにありなさい。大人びていらっしゃるようだけれど、まだたいそう思いやりもなく、人の心も見知らない様子でいらっしゃることこそ、可愛らしい」などと言って、乱れた御額髪を、引き繕いなさるけれど、ますます背を向けて何も申し上げなさらない。
「たいそうひどく若作りなさっているのは、誰が教え申したことか」と言って、「無常な世に、これほどまでに心を置かれるのもつまらないことです」と、一方では眺めなさる。
「斎院に悲しい言葉が聞こえているか、もし思い違いの点があるなら。それは、たいそうかけ離れたことですよ。自然とお分かりになるでしょう。昔から格別に遠慮深いご心ばへなので、もの足りない折々に、並々でなく申し上げて悩ませるのに、あちらも所在なくいらっしゃる所なので、たまさかのお返事などもなさるけれど、まじめな様子でもないのに、このようだとまで、訴え申し上げるべきことでしょうか。心配はありますまいと、思い直しなさい」などと、一日中慰め申し上げなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第20冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。