第20帖 朝顔 / 第2場面
女五の宮との昔語り
あらすじ・人物・読み方
源氏は女五の宮と対面し、老いてしはぶきがちな宮と、桐壺院の御代の昔を語り合って涙ぐむ。宮が三の宮をうらやむ言葉に、源氏はふと耳をとめ、御簾の向こうの姫君のありさまを思いやる。
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現代語で読む
宮〔女五の宮〕は、対面なさって、お話し申し上げなさる。たいそう古風なご様子で、咳をしがちでいらっしゃる。ご年長でいらっしゃるけれど、亡き大殿の宮〔式部卿宮〕は、立派で古風なご様子であったのとはかけ離れて、声も不自由で、ぎこちなく感じられるのも、年相応のことである。
「院の上がお亡くなりになって以来、何かと心細く思われてきましたのに、年を重ねるにつれて、たいそう涙もろく過ごしておりますところ、この宮までがこのようにお見捨てになるので、ますます生きているのかいないのか分からないほどになっておりますが、このようにお立ち寄りくださりお訪ねになるので、辛いことも忘れられそうです」と申し上げなさる。
〔源氏は〕「たいそうお年を召したことよ」と思うけれど、畏まって、「院がお隠れになってからは、さまざまのことで、同じ世の中とも思われず、覚えのない罪に問われまして、見知らぬ土地〔須磨〕でさまよっておりましたが、たまたま朝廷にお数えいただいてからは、また取り紛れて暇もないなどして、長年、参上して昔のお話をさえ申し上げ承ることがなかったのを、残念に思い続けてまいりました」などと申し上げなさるのを〔聞いて、宮は〕、
「まことに情けないことで、どちらにつけても定めのない世を、同じ有様で見過ごしてきた命の長さの恨めしいことが多くございますけれど、こうして世に復帰なさったお喜びに、あの往年のご様子を拝見し損ねていたら、残念だったでしょうと思われます」と、身を震わせ〔てお泣き〕になって、
「たいそう清らかにご成長なさったことよ。子供でいらした頃を拝見し始めた時、世にこのような光がお生まれになったことと驚かれましたのに、折々拝見するごとに、不吉なほど〔立派に〕思われまして。帝〔冷泉帝〕こそ、たいそうよくお似せ申し上げていらっしゃると人々が申しますが、それでも〔源氏には〕お劣りなさるだろうと、推し量っております」と、長々と申し上げなさるので、
〔源氏は〕「殊更こう向かい合って人をほめることよ」と、おかしくお思いになる。
「山賤になって、ひどく思いくじけていた年月の後では、すっかり衰えておりますのに。帝のご容貌は、昔の世にも並ぶ人がないほどかと、畏れ多く拝見しております。不思議なご推量でございます」と申し上げなさる。
「折々拝見できれば、老いた命も延びることでしょう。今日は老いも忘れ、憂き世の嘆きがみな去った心地です」と言っても、またお泣きになる。
「三の宮がうらやましく、しかるべきご縁が添って、親しく〔源氏を〕拝見なさるのを、羨ましく思います。この亡くなった方〔式部卿宮〕も、そのように後悔なさる折々がありました」とおっしゃるのに、〔源氏は〕少し耳をおとめになる。
「もしも、〔姫君が宮のもとに〕お仕え馴れていたなら、今も思うようでございましょうに。皆、お放しになってしまって」と、恨めしそうに気配を立てて申し上げなさる。
あちらの〔朝顔の姫君の〕お庭を見やりなさると、枯れた前栽の趣も格別に見渡されて、のんびりと眺めていらっしゃるだろうご様子も、ご容貌も、たいそう見たくしみじみとして、こらえきれずに、「このようにお仕えしている機会を過ごしてしまいますのは、志のないようでございますから、あちらのご訪問を申し上げるべきでしょう」と言って、そのまま簀子からお渡りになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第20冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。