第20帖 朝顔 / 第8場面
源典侍との再会
あらすじ・人物・読み方
女五の宮が眠ってしまった頃、思いがけず往年の源典侍が尼姿で現れる。源氏は昔を思い出し心ときめき、親の契りを詠み交わすが、典侍の申し出を疎ましく思い、ほどなく立ち去る。
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現代語で読む
宮のお方に、例によって、お話し申し上げるのに、古い事どもをとりとめなく話しはじめて、申し上げ尽くしなさるけれど、〔宮は〕お耳も冴えず、眠そうで、宮も欠伸をなさって、「宵のうちからまどろんでおりますので、何も申し上げられません」とおっしゃる間もなく、鼾とか、聞き慣れぬ音がするので、喜びながら立ち出ようとなさると、またたいそう古風な咳をしながら、参った人がある。
「畏れ多いことですが、お聞き届けくださるだろうと頼み申し上げますのに、世に生きている者ともお数えいただけないのです。院の上は、祖母殿とお笑いになっていました」などと、名乗り出るので、〔源氏は〕思い出しなさる。
源典侍といった人は、尼になって、この宮の御弟子として勤行していると聞いていたが、今まで生きていようとも尋ね知りなさらなかったのが、情けないことになった。
「その世のことは、みな昔語りになってゆくのに、遠く思い出すのも、心細いのに、嬉しいお声ですこと。親のいないで臥せる旅人と思って、育んでくださいな」と言って、寄り座っていらっしゃるご様子に、ますます昔を思い出しながら、古風で優美な様子にもてなして、ひどくすげなくなった口ぶりや、思いやられる声遣いが、さすがに舌足らずで、からかおうと〔源氏は〕なお思っていらっしゃる。
「言ってきたとおりに」などと申し掛ける、まばゆさよ。「今しもやって来た老いのように」などと、ほほ笑まれなさる一方で、引き換えて、これもまたあはれである。
「〔桐壺帝の〕このお盛りの頃に競いなさった女御、更衣は、あるいはひたすら亡くなりなさり、あるいは甲斐なく、はかない世にさすらっていらっしゃるのも当然のことのようです。入道の宮などのご年齢よ。情けないとばかり思われる世に、年のほど身の残りの少なそうなことに、心ばへなどもはかなく見えた人が、生き長らえて、のんびりと勤行をもして過ごしていたのは、やはりすべて定めのない世であることよ」とお思いになると、ものあはれなご様子を、心ときめく思いがして、若やいでくる。
年月が経っても、この契りだけは忘れられません。親の親とか申された、あの一言が。と〔歌が〕聞こえるので、〔源氏は〕疎ましくて、
身の姿を変えて後も待ってごらんなさい、この世で。親を忘れる例があるかどうかを。頼もしい契りですこと。今はのんびりと、申し上げるべきでしょう」と言って、お立ちになってしまった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第20冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。