第22帖 玉鬘 / 第10場面
初瀬川の贈答
あらすじ・人物・読み方
翌日も長谷寺に籠もる一行に、右近は初瀬川のほとりで二本の杉の歌を詠みかけ、姫君は逢ふ瀬の歌で応える。右近は六条院へ帰る支度をし、乳母と今後の行き交わしを言い交わす。
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現代語で読む
「いや、〔私は〕身こそ物の数でもないけれど、殿〔源氏〕もおそば近くにお召し使いになるので、折々に、『〔姫君は〕どうなっておしまいになったのだろう』と申し上げるのを、お聞き置きになって、『私がどうにかしてお尋ね申し上げたいと思うのに、聞き出して差し上げたら』とおっしゃるのです」〔右近が〕言うと、
「大臣の君〔源氏〕は、立派でいらっしゃっても、あのような身分の高い妻たちがおいでです。まず本当の親でいらっしゃる大臣〔頭中将〕にこそお知らせ申し上げなさい」など言うと、〔右近は〕昔の様子などを語り出して、「世に忘れがたく悲しいことにお思いになって、『あの人〔夕顔〕の代わりに〔姫君を〕拝見しよう。子も少ないのが物足りないので、自分の子を尋ね出したと人には知らせて』と、昔からおっしゃるのです。
〔源氏の〕お気持ちが若かったことは、何かと遠慮の多かった頃で、尋ねても申し上げられずに過ごしたうちに、〔乳母の夫が〕少弐におなりになったことは、お名前で知りました。ご挨拶に殿へ参上なさった日、ちらりと拝見しましたが、申し上げられずに終わりました。それでも、姫君を、あの夕顔のいた五条にこそお留め申し上げなさったのだろうと思っていました。ああ、痛ましいこと。田舎人としておいでだったなんて」
などと語り合いながら、一日中、昔話や念誦などをしつつ〔過ごす〕。詣でに集まる人々の様子は、見下ろされる側である。〔堂の〕前を流れる水を、初瀬川というのであった。右近が、二本の杉の立つ所を尋ねなかったら、古川のほとりであなたにお目にかかれたでしょうか。
うれしい逢瀬にも〔なったことよ〕」と申し上げる。初瀬川の昔のことは知りませんが、今日のこの逢瀬に、身までも流されそうに心が乱れます。
と、泣いていらっしゃる様子は、たいそう感じがよい。「お顔立ちはこんなに立派で清らかだけれど、田舎びて、かちかちにおなりだったら、どんなに玉の瑕だったでしょう。ああ、しみじみと、どうしてこんなに〔立派に〕お育ちになったのでしょう」と、乳母をうれしく思う。
母君〔夕顔〕は、ただたいそう若々しくおっとりしていて、柔らかく、たおやかでいらした。これは〔姫君は〕気高く、振る舞いなども恥ずかしげで、上品でいらっしゃる。筑紫を憎らしく思いなすにつけ、皆、〔昔を〕見知った人は田舎びているのに、〔姫君だけは〕理解しがたいほどである。暮れると、御堂に上って、翌日もお勤めをして過ごしなさる。
秋風が谷から遠く吹き上って、たいそう肌寒いので、物事をしみじみと感じる心々には、あれこれ思い続けられて、人並みになることさえ難しいことと思い沈んでいたところ、この人〔右近〕の話のついでに、父大臣〔源氏〕のご様子や、腹違いのどうということもないお子たちまで、皆立派にお仕立て申し上げなさると聞くと、このような下草〔玉鬘〕も頼もしくお思いになるようになった。〔寺を〕出るにあたっても、互いに宿る所も問い交わして、もしまた〔大夫監が〕追い惑わせてきた時のことと、心配に思った。右近の家は六条院に近い辺りだったので、そう遠くなく、言い交わす便りも出てきた心地がした。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。