第22帖 玉鬘 / 第11場面
源氏への報告
あらすじ・人物・読み方
六条院に戻った右近は、紫の上の前では憚って直接は語らず、折を見て源氏に夕顔の娘の発見をほのめかす。源氏は父中将には知らせず自ら後見する決意をし、三島江の歌を添えた文を姫君へ送る。
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現代語で読む
右近は、大殿〔六条院〕に参上した。このことをほのめかし申し上げる機会もあろうかと、急ぐのであった。御門を引き入れられる時から、様子が特に広々として、出入り参上する車が多く迷うほどである。物の数でもなく立ち出るのも、まばゆい心地がする玉の台〔六条院〕である。その夜は御前にも参らず、思いに沈んで臥していた。翌日、昨夜里から参上した上臈や若い女房たちの中から、特に右近を呼び出されるので、面目なく思われる。
「どうして、里居を長くしていたのか。例になく、山慣れぬ人が、道に迷ったり転んだりもしたろう。面白いことなどがあったのだろうね」などと、例によって、気難しく、冗談などをおっしゃる。「退出して、七日を過ぎてしまいましたが、面白いことはございにくいのです。山歩きをいたしまして、しみじみとした人を拝見したのです」「どんな人か」
とお尋ねになる。「ふと申し出るのも、まだ上〔紫の上〕にお聞かせ申し上げずに、特に申し上げたのを、後にお聞きになっては、隔て申し上げたと思われるだろうか」などと思い乱れて、「今申し上げさせていただきましょう」と言って、人々が参上すると、申し上げかけてやめた。大殿油〔灯火〕などが参って、くつろいで並んでいらっしゃるご様子は、たいそう見る甲斐が多い。女君〔紫の上〕は、二十七、八にはおなりになったのだろう、盛りに清らかに成熟なさっている。少し時を経て拝見すると、「また、この頃にこそ、つやが加わりなさった」と見えなさる。
あの人〔玉鬘〕をたいそう立派で、劣らないだろうと拝見したが、思いなしだろうか、やはり比べものにならないので、「幸いのないのとあるのとは、隔てがあるべきことだな」と見比べられる。大殿がお休みになると言って、右近をお脚参りに召す。「若い人は、苦しいと言ってむずかるようだ。やはり年を経た者同士こそ、心を通わせて仲良くするのがよいものだ」とおっしゃると、人々は忍んで笑う。
「そうでしょう。誰が、そのお使い慣れなさる方を、むずかりましょうか」「うるさい冗談を言いかけなさるのが、面倒なのに」など言い合っている。「上〔紫の上〕も、年を経た者同士でくつろぎ過ぎて、また、むずかりなさるかと。そうあるまじき心と見なければ、危ない」
などと、右近に語らってお笑いになる。たいそう愛嬌があり、面白い様子までも加わっていらっしゃる。今は朝廷に仕え、忙しいご様子でもないお身で、世の中をのどかにお思いになるままに、ただ他愛ない冗談をおっしゃり、面白く人の心をご覧になるあまりに、このような古参の者をさえおからかいになる。「あの尋ね出たというのは、どんな様子の人か。尊い修行者を語らって、連れて来たのか」とお尋ねになると、
「ああ、見苦しいこと。はかなく消えなさった夕顔の露のご縁の者を、拝見したのです」と申し上げる。「本当に、しみじみとしたことだな。この年ごろはどこに〔いたのか〕」とおっしゃると、ありのままには申し上げにくくて、
「鄙びた山里に〔おります〕。昔の人も片方は変わらずにおりましたので、その頃の話をし出しましたところ、堪えがたくお思いでした」など申し上げていた。「よし、心をお知りにならないお方の前で〔は言うまい〕」と、隠し申し上げなさると、上〔紫の上〕が、
「ああ、面倒だこと。眠いのに、聞き入るはずもないものを」と言って、お袖でお耳をお塞ぎになった。「容貌などは、あの昔の夕顔に劣らないか」などとおっしゃると、
「必ずしもそれほどどうして〔立派で〕いらっしゃろうかと思っておりましたのに、比べものにならないほどお育ちまさって見えなさいました」と申し上げると、「面白いことだな。誰ほどと思われるか。この君〔紫の上〕と〔比べて〕」とおっしゃると、
「どうして、それほどまでは」と申し上げると、「したり顔に思うことだろう。私に似たならば、安心だな」と、親らしくおっしゃる。
このように聞き始めてからは、〔右近を〕おそばから放しては、「それでは、あの人を、この辺りに移し申し上げよう。年ごろ、折々に、残念に行方を惑わしていたことを思い出していたのに、たいそううれしく聞き出しながら、今まで頼りないのも、甲斐ないことだ。父大臣〔頭中将〕には、どうして知られようか。たいそう大勢でもて騒がれているようだが、物の数でもなく、今初めて立ち交じったのが、かえって面倒なこともあろう。私は、このように〔子が少なくて〕物足りないので、思いがけない所から尋ね出たとも言おうか。好色者どもの気を引く種として、たいそう大切にもてなそう」
などお語りになると、ともかくもたいそううれしく思いながら、「ただお心次第です。大臣〔頭中将〕にお知らせ申し上げようとしても、誰が伝えほのめかしなさるでしょう。空しくお亡くなりになった〔夕顔の〕代わりには、ともかくもお引き助けなさることこそ、〔源氏の〕罪も軽くなりなさるでしょう」と申し上げる。
「ひどくも恨み言を言うものだな」と、ほほ笑みながら、涙ぐんでいらっしゃる。「しみじみと、はかなかった約束だと、年ごろ思い続けている。このように集まった方々の中に、あの折の志ほどに思い留める人がなかったのを、命長くて、私の心の長さをも見る類いが多いらしい中に、甲斐なくて、右近ばかりを形見に見るのは、残念だ。思い忘れる時がないのに、そのように〔姫君が〕いらっしゃれば、たいそう本意が叶う心地がするだろう」
と言って、お手紙を〔右近に〕託しなさる。あの末摘花の甲斐なかったことを思い出しなさると、そのように沈んで育った人の様子が心配で、まず、文の様子を見たくお思いになるのであった。まじめに、しかるべくお書きになって、端に、
「このように申し上げるのを、〔あなたが私を〕知らなくても、尋ねて知ろうと思います。三島江に生える三稜の筋が絶えないように、〔親子の筋は絶えません〕。と〔書いて〕あった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。