ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第22帖 玉鬘 / 第9場面

長谷寺の夜語り

あらすじ・人物・読み方

右近は一行を自らの宿の間に移し、乳母と昔語りに夜を明かす。三条の身の上自慢をはさみつつ、右近は源氏の今の栄華と、亡き夕顔への変わらぬ思慕を語って聞かせる。

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右近は、人知れず目を留めて見ると、中に愛らしい後ろ姿の、とてもひどく身をやつして、卯月の単衣のようなものを着込んでいらっしゃる髪の透け影が、とても惜しく立派に見える。心苦しく悲しいと拝見する。少し足の慣れた人は、早く御堂に着いた。この君〔玉鬘〕を持て余し申し上げながら、初夜の勤行をする頃にようやくお上りになった。とても騒がしく人が参詣し混んで騒いでいる。右近の局は、仏の右の方に近い間にしていた。この御師〔一行の案内僧〕は、まだ〔寺との縁が〕深くないのか、西の間に遠かったのを、

「やはり、ここにいらっしゃい」と、互いに尋ね合って言ったので、男どもは留めて、介にこうこうと言い合わせて、こちらに移し申し上げる。「このような賤しい身ですが、今の大殿〔源氏〕に仕えておりますので、このように心細い道でも、乱暴なことはないだろうと頼みにしております。田舎じみた人を、このような所では、良くない連中が、侮りがちに扱うのも、恐れ多いことです」と

と言って、物語をとてもしたいけれど、大げさな勤行の紛れや、騒がしさにも促されて、仏を拝み申し上げる。右近は心の中で、「この人を、どうにかしてお尋ね申し上げようと祈り続けてきたのに、ようやく、こうして拝見できたので、今は思いのままに、大臣の君の、お尋ね申し上げようとの御心ざしが深いようなので、お知らせ申し上げて、幸せにおさせ申し上げなさい」と〔観音に〕祈った。

国々から、田舎の人が多く参詣していた。この国の守の北の方も、参詣していた。厳めしく勢いのあるのを羨んで、この三条が言うには、「大悲者〔観音〕には、ほかのことは申すまい。我が姫君を、大弐の北の方、でなければ、当国の受領の北の方にし申し上げよう。三条たちも、随分と栄えて、お礼参りは仕え申し上げよう」と、額に手を当てて念じ入っている。右近は、「とても忌まわしいことを言うなあ」と聞いて、

「とても、ひどく田舎びてしまったなあ。中将殿〔内大臣〕は、昔の御寵愛でさえどうでいらっしゃったことか。まして、今は、天下を御心にかけなさる大臣で、どれほど厳かな御仲に、御方〔玉鬘〕までもが、受領の妻として、品が定まっていらっしゃるものか」と言うと、「ああうるさい。お願いだから。大臣たちも少し待て。大弐の御館の上〔の姫君〕が、清水の御寺、観世音寺にお参りなさった勢いは、帝の行幸に劣るだろうか。ああ、恐ろしい」と言って、なおさらに手を離さず、拝み入っている。

筑紫の人は、三日籠もろうと心ざしていらっしゃった。右近は、それほど思わなかったけれど、このような機会に、ゆっくり申し上げようと思って、籠もるべき旨を、高僧を呼んで言う。御燈明の文など書いた心遣いなど、そのような人は細々と心得ていたので、いつものことで、「例の藤原の瑠璃君という方のために差し上げる。よくお祈り申し上げなさい。その人は、最近拝見し出した。その願も果たし申し上げるべきだ」とと言うのを聞くのも、しみじみとする。法師が、「とても畏いことだなあ。怠りなくお祈り申しております験でございましょう」と言う。とても騒がしく、一晩中勤行するのである。

夜が明けると、知っている高僧の坊に下りた。物語を、心安くすることになるだろう。姫君がひどく身をやつしていらっしゃる、恥ずかしそうに思いなさる様子が、とても立派に見える。「思いがけない高い交わりをして、多くの人を集めて見てきたけれど、殿の上〔紫の上〕の御容貌に似る人はいらっしゃらないだろうと、長年拝見してきたのに、また、成長なさった姫君の御様子は、とてももっともなことに立派でいらっしゃいます。大切にし申し上げなさる様子も、並ぶものがないようですが、こうして身をやつしていらっしゃる御様子が、劣りなさるはずもなく見えなさるのは、滅多にないことです。

大臣の君〔源氏〕が、父帝の御時から、多くの女御、后、それより下は残りなく見集めなさった御目にも、当代の御母后と申し上げた方と、この姫君の御容貌とを、『良い人とはこれを言うのだろうと思われる』と申し上げなさる。

拝見し並べると、あの后の宮は存じ上げないが、姫君は清らかでいらっしゃるけれど、まだ、片端〔未熟〕で、成長の先が推し量られなさる。上の御容貌は、やはり誰が並びなさるだろうと、見えなさる。殿〔源氏〕も、優れていると思いなさっているようだが、言葉に出しては、どうして数の中には申し上げなさるだろうか。『私に並びなさったことこそ、君は身の程知らずだ』と、冗談を申し上げなさる。

拝見すると、命が延びる御様子どもを、またそのような類いがいらっしゃるだろうかと思っておりますのに、どこが劣りなさるでしょう。物には限りがあるものなので、優れていらっしゃるといっても、頂点を離れた光がおありでしょうか。ただ、これを、優れていると申し上げるべきなのでしょう」と、微笑んで拝見すると、年老いた人〔乳母〕も嬉しいと思う。

「このような御様子を、危うく賤しい所に沈め申し上げそうだったのに、惜しく悲しくて、家も竈も捨て、男女の頼るべき子どもとも引き別れて、かえって知らない世の心地がする京に参って来たのです。我が御許〔右近〕よ、早く良い様子に導き申し上げなさい。高い宮仕えをなさる人は、自ずと行き交じる便りもおありでしょう。父大臣にお聞き届けられ、数に入れられなさるべき手立てを、お考えなさい」と言う。〔玉鬘は〕恥ずかしく思って、後ろを向きなさった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。