第22帖 玉鬘 / 第8場面
初瀬の宿の再会
あらすじ・人物・読み方
徒歩の初瀬詣では難儀の連続で、椿市の宿にようやくたどり着く。そこへ参籠の右近が現れ、下人の三条との応答から互いの素性が知れて、乳母たちと二十年ぶりの再会に泣き交わす。
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現代語で読む
たいそうひっそりと忍んでいた。大御燈明のことなどを、ここで準備するうちに日が暮れた。家主の法師が、「人を泊め申し上げようとする所に、どんな人がいらっしゃるのか。怪しい女たちが、勝手に」と文句を言うのを、不快に聞いているうちに、本当に、人々が来た。
これも徒歩らしい。相応の女二人、下人どもが、男女、数多く連なっている。馬を四つ、五つ引かせて、たいそう忍んで身をやつしているけれど、清らかな男どもなどもいる。法師は、ぜひここに泊まらせたくて、頭を掻きながら歩き回る。気の毒だけれど、また、宿を替えるのも体裁が悪く面倒なので、人々は奥に入り、ほかは隠すなどして、一行は片一方に寄った。軟障などを引いて隔てていらっしゃる。
この来た人も恥ずかしがる様子もない。ひどくひっそりとして、互いに気を遣っていた。ところが、それは、あの世を去るまで恋い泣く右近であった。年月に加えて、中途半端な交際の縁がなくなっていく身を思い悩んで、この御寺にたびたび参詣していた。
例年慣れていたので、気やすく構えていたけれど、徒歩では歩みに耐えがたくて、寄り臥していたところに、この豊後介が、隣の軟障のそばに寄って来て、献上物らしい、折敷を手ずから取って、「これは、御前に差し上げなさい。御台〔食事〕などが間に合わず、たいそう傍ら痛いことです」と言うのを聞くと、「私の並の人ではないだろう」と思って、物の隙間から覗くと、この男の顔に、見覚えのある心地がする。誰とは思い出せない。とても若かった頃を見たのに、太り黒んでやつれたので、多くの年を隔てた目には、すぐには見分けられないのだった。
「三条、ここに召す」と呼び寄せる女を見ると、また見覚えのある人である。「亡き御方〔夕顔〕に、下人だけれど、長く仕え慣れて、あの〔夕顔が〕お隠れになった御住まいまでいた者だった」と見分けて、ひどく夢のようである。主と思われる人は、とても見たいけれど、見えるようにも構えていない。思い悩んで、
「この女に聞こう。兵藤太といった人も、これ〔この一行〕にいるだろう。姫君がいらっしゃるのか」と思い寄るにつけ、とても気がかりで、この中を隔てている三条を呼ばせるけれど、食べ物に夢中になって、すぐには来ない、とても憎らしいと思われるのも、唐突なことよ。
ようやく〔三条が〕、「覚えがございません。筑紫の国に、二十年ほど経った下衆の身を、お知りなさるはずの京の人よ。人違いではございませんか」と言って、寄って来た。田舎じみた掻練の衣などを着て、とてもひどく太っていた。〔右近は〕自分の年齢もますます思い知って恥ずかしいけれど、
「やはり、覗いてごらん。私を見知っているか」と言って、顔を差し出した。この女〔三条〕は手を打って、「私の御許〔右近様〕でいらっしゃいました。ああ、嬉しいとも嬉しい。どこからお参りなさったのですか。上〔乳母〕はいらっしゃいますか」と、とても大げさに泣く。若い者として見慣れた世を思い出すにつけ、隔ててきた年月が数えられて、とてもしみじみとする。
「まず、おとど〔乳母〕はいらっしゃいますか。若君は、どうなりなさったのですか。あてきと申し上げた方は」と言って、君〔玉鬘〕の御ことは、言い出さない。「皆いらっしゃいます。姫君も大人になっていらっしゃいます。まず、おとどに、このようにと申し上げましょう」と言って入っていった。
皆、驚いて、「夢の心地もするなあ」「とてもつらく、言いようもなくお思い申し上げる人に、対面できることよ」と言って、この隔てに寄って来た。気遠く隔てていた屏風のようなものを、名残なく押し開けて、まず言いようもなく泣き交わす。年老いた人〔乳母〕は、ただ、
「我が君〔夕顔〕は、どうなりなさったのですか。ここ数年、夢にでもいらっしゃる所を見ようと、大願を立てたけれど、遥かな世界で、風の便りでも聞き伝え申し上げることができないのを、ひどく悲しいと思うにつけ、老いた身が残り留まっているのも、とてもつらいけれど、置き去りに申し上げなさった若君が、愛らしく哀れでいらっしゃるのを、冥途の足かせとして煩わされ申し上げて、瞬きしている〔生きながらえている〕のです」と
と言い続けるので、昔その時の、言い甲斐のなかったことよりも、答えようもなく厄介だと思うけれども、「いや、申し上げても甲斐がない。御方〔夕顔〕は、早くに亡くなりなさった」と言うやいなや、二、三人ともむせび返り、ひどく息苦しく、堰き止めかねた。
日が暮れたと、急いで立って、御燈明の事どもを整え終えて、急がせるので、かえってとても心慌ただしく立ち別れる。「一緒にどうか」と言うけれど、互いに供の人が怪しいと思うだろうから、この介にも、事の様子さえ言い知らせ合えず。自分も人も特に恥ずかしくはないので、皆下り立っていった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。