第23帖 初音 / 第11場面
空蝉の尼君を訪れる
あらすじ・人物・読み方
源氏は空蝉の尼君を訪れ、仏道に勤める慎ましい暮らしと、なお残る心ばせに涙ぐむ。昔の契りのつらさを語り合ううち、尼君は今のありさまを見られることこそ報いだと泣き、源氏は昔今の物語をして過ごす。
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現代語で読む
空蝉の尼衣〔の住まい〕にも、〔源氏は〕お立ち寄りになった。気張った様子ではなく、やつれたように局住まいをして、仏だけに心のよりどころを得させ申し上げて、修行に勤めていた様子がしみじみと見えて、経や仏の御飾り、ささやかに整えた閼伽の道具なども、趣深く優美で、なお気立てがあると見える人の様子である。
青鈍の几帳、その心遣いが趣深いところに、〔尼君は〕深く座り隠れて、袖口だけが色が違っているのも懐かしいので、〔源氏は〕涙ぐんで、
「『松が浦島』〔の歌〕を遠く思いながら、終わりにしなければならなかったのですね。昔からつらいご縁でしたね。それでもこれほどのお親しみは、絶えるはずがなかったのですよ」
などとおっしゃる。尼君も、しみじみとした様子で、
「このような方〔仏道〕にお頼み申し上げることこそ、浅くはないとお思いいただいていると分かりました」
と申し上げる。
「つらい折々が重なって、心を惑わしなさった世の報いなどを、仏に恐れ謹しみ申し上げることこそ苦しいのです。お分かりですか。このようにたいそう素直でもない者をと、思い合わせなさることもないのではないかと思います」
と、
おっしゃる。「あの嘆かわしかった世の昔のことを聞き置きなさっているようだ」と、恥ずかしくて、
「このようなありさまを最後までご覧いただくよりほかの報いは、どこにありましょうか」
と言って、本当に泣いてしまった。昔よりもいっそう深く恥ずかしそうな様子が増して、このように遠ざかっていることを、〔源氏は〕お思いになりながらも、見放し難くお思いになるけれど、はかないことをおっしゃりかけるはずもなく、大方の昔や今の物語をなさって、「せめてこれほどの言い甲斐だけでもあってほしい」と、あちら〔尼君の方〕を見やりなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第23冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。