第24帖 胡蝶 / 第5場面
西の対への文
あらすじ・人物・読み方
舟遊びの見物の女房たちへの贈り物の話から、玉鬘のもとへ多くの文が届く日々が描かれる。源氏は蛍兵部卿宮の文を笑って眺め、玉鬘に返事を勧めるが、玉鬘は遠慮がちである。
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現代語で読む
そういえば、あの見物の女房たちには、宮〔蛍兵部卿宮〕のお方へは皆、趣のある贈り物を〔源氏が〕おさせになったのであった。そのようなことを詳しく〔述べるの〕は煩わしい〔ので略す〕。
朝夕につけても、このような他愛ないお遊びが頻繁で、〔源氏は〕気を紛らわせてお過ごしになるので、お仕えする人も自然と物思いのない心地がして、あちらこちらへもお便りを交わしなさる。
西の対のお方〔玉鬘〕は、あの踏歌の折のご対面の後は、こちら〔二条院〕ともお便りを交わしなさる。深いお心の用いようか、浅くともどうであろうとも、様子はたいそうご苦労があり、慕わしいお心ばえと見えて、人の心が離れるはずもなくいらっしゃるご人柄なので、どちらのお方へも皆心をお寄せ申し上げていた。
お便りを申し上げなさる人はたいそう多くいらっしゃる。けれども、大臣〔源氏〕は、並々ならずお決めになるはずもなく、ご自身のお心にも、きっぱりと親になりきることはできないお心が添うのだろうか、「父である大臣〔頭中将〕にも知らせてしまおうか」などと、思い寄る折々もある。
殿の中将〔夕霧〕は、少し親しく、御簾のそばなどにも寄って、ご返事を自らなどするけれども、女〔玉鬘〕は遠慮がちにお思いだけれど、そうあるべき間柄だと人々もご存じ申し上げているので、中将はすらりとして思いも寄せない。
内の大殿の君たち〔柏木ら〕は、この君〔玉鬘〕に引かれて、あれこれと様子を見せて歩き回るのを、その方面の恋しさからではなく、内心ひそかに心苦しく、「本当の親〔頭中将〕にそのように知られ申し上げたらなあ」と、人知れず心にかけなさるけれど、そのようにも漏らし申し上げなさらず、ひたすら打ち解けてお頼り申し上げるお心の向け方などは、可愛らしく若々しい。〔母に〕似ているとはいえないけれど、やはり母君〔夕顔〕の気配にとてもよく似ていて、これには才気のめいたところが添わっている。
衣更えが今風に改められる頃、空の様子などまでも、不思議とそこはかとなく趣があるのを、のんびりとお過ごしになるので、あらゆるお遊びでお過ごしになるうちに、対のお方〔玉鬘〕へ、人々のご文が頻繁になっていくのを、「思っていたことだ」と面白く思って、〔源氏は〕ともすればお渡りになってはご覧になり、しかるべき相手にはご返事をお勧め申し上げなどするのを、〔玉鬘は〕打ち解けず苦しいことにお思いになっていた。
兵部卿宮〔蛍宮〕の、間もなく焦がれているような嘆きの言葉を書き集めなさったご文を〔源氏が〕ご覧になって、こまやかに笑いなさる。「早くから隔てることなく、多くの親王たちの中で、この君〔蛍宮〕を互いに特別にお思いしてきたのに、ただこのような方面のことだけは、ひどく隔ててお思いになってそのままになってしまったのを、晩年になって、このようにお好きなさっているご様子を見るのが、面白くもしみじみとも感じられることよ。やはり、ご返事など申し上げなさい。少しでも由緒のある女が、あの親王以外に、ほかに言葉を交わすべき人など世にいるはずがありません。たいそう趣のあるお方のご様子ですよ」
と、若い方〔玉鬘〕が感嘆なさるようにお知らせ申し上げなさるけれど、〔玉鬘は〕遠慮がちにばかりお思いになっていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第24冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。