第24帖 胡蝶 / 第6場面
結ぼほれたる文
あらすじ・人物・読み方
源氏は玉鬘のもとに届いた文々を見比べるうち、細く結んだ唐紙の文を開き、柏木の歌を見つける。文の返し方について右近に注意を与え、玉鬘の婿選びや実父への知らせ方をめぐって思い巡らすうち、源氏は玉鬘に母のように思ってほしいと語りかけるが、思うことは言い出せないまま嘆いて過ごす。
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現代語で読む
右大将の、たいそうまじめで、いかめしい様子をした人が、「恋の山には孔子の倒れ」〔という歌〕を真似るような様子で嘆いているのも、その方面では面白いと、〔源氏たちが〕皆見比べなさる中に、中国の縹色の紙で、たいそう慕わしく、深く香がしみて匂っているのを、たいそう細く小さく結んだ〔文が〕あった。
「これは、どうして、こんなに結びこんがらがっているのだろうか」と〔言って、源氏は〕引き開けなさった。筆跡がたいそう見事で、〔歌が書かれていた〕〔私が〕思っていても、あなたはお知りにならないでしょう。岩を漏れる水に色が見えないように、〔私の思いも外には現れないのですから〕。とあり、書きぶりは今風でしっとりと濡れたようであった。
「これはどういう〔歌なの〕か」と〔源氏が玉鬘に〕お尋ね申し上げなさるけれど、〔玉鬘は〕はっきりとはお答え申し上げなさらない。
右近を呼び出して、「このように訪れて〔文を〕寄こす人には、人を選んで、返事などをさせるようにせよ。好色らしくふざけた今風の人が、不都合なことをし出したりするのは、男の咎だけではないのだから。
自分で〔相手の気持ちを〕思った時にも、ああ情けない、恨めしいとも、その折には、無心なのだろうか、あるいは目に余るほどの身分の者なら、疎遠に〔思われる〕などとも感じられたが、わざと深い〔思い〕ではなく、花や蝶に寄せた手紙のやりとりは、心憎くもてなして、かえって〔相手の〕心を立たせるようなこともある。また、そのまま忘れてしまうのは、何の咎があろうか。
ちょっとした機会だけのおざなりなやりとりに、口早く心得ているのも、決してあってはならないことで、後の非難となるに違いない行いである。すべて、女が遠慮せず、心のままに、物の情けも知った顔をして、風流なことをも見知ろうとするのは、その積もりでつまらなくなるに違いないが、宮〔蛍兵部卿宮〕や大将〔右大将〕は、大ざっぱなおざなりなことをおっしゃるはずもなく、またあまり物事の程度を知らないようであるのも、〔玉鬘の〕ご様子にそぐわない。その身分より下の者には、志の向きに従って、情けもお分けなさい。労りもお数えなさい」
などと〔源氏が〕申し上げなさると、君〔玉鬘〕はそっぽを向いていらっしゃる〔が〕、横顔がたいそう美しい。撫子の細長〔の衣〕に、この頃の花の色である御小袿は、色合いが親しみやすく今風で、振る舞いなども、そうは言っても、田舎じみていらした名残が、そのまま、おっとりした方面にだけは見えなさったが、人々の有様をも見知りなさるにつれて、たいそう様子よく、しなやかに、化粧なども心を配ってお整えになるので、ますます飽きるところなく、華やかに美しい。〔源氏は玉鬘を〕他人と見なすことになるのは、たいそう残念なことに違いないとお思いになる。
右近も、ほほ笑みながら〔玉鬘を〕拝見して、「親と申し上げるには、似合わないほど若くいらっしゃるようです。お並びになる〔お二人〕はまさに、色合いも見事なことです」と、思っていた。
「まったく人のご消息などは、〔私が〕お伝え申し上げることはございません。以前にも〔源氏が〕ご存じでご覧になった三つ、四つは、突き返して、〔先方を〕恥ずかしめ申し上げるのもどうかと思って、お文だけは受け取りなどしておりますようですが、お返事は、まったく〔ございません〕。〔玉鬘が先方へ〕申し上げなさる折だけです。それをさえ、〔玉鬘は〕つらいことにお思いになっているのです」と〔右近は〕申し上げる。
「さて、この若々しく結びこんがらがった〔文〕は誰のものか。たいそうひどく〔念入りに〕書いた様子だな」と、ほほ笑んで〔源氏が〕ご覧になると、「あれは、執念く留めて退出してしまった〔文〕なのです。内の大殿の中将〔柏木〕が、このお仕えしている「みるこ」を、もとから見知っていらしたので、その伝手で〔文が来て〕おりました。ほかに目を留める人もございませんでしたのに」と〔右近が〕申し上げるので、
「たいそう可愛いことだな。下級の者であっても、あの主たちを、どうしてそんなに恥ずかしめることができようか。公卿といっても、この人〔柏木〕の評判に、必ずしも並ぶはずのない者が多いのだ。そんな中でも、たいそう落ち着いた人である。自然と思いが通い合う時世もあるだろう。目立つようでなくこそ、言い紛らわすがよい。見どころのある文の書き手だな」などと、〔源氏は〕すぐには〔その文を〕お置きにならない。
「このように何やかやと〔噂が〕聞こえるのも、〔玉鬘に〕お考えがあるのかと、気がかりなのですが、あの大臣〔内大臣〕に〔玉鬘のことを〕お知らせ申し上げなさることも、まだ若々しく何となく〔頼りない〕ご様子のうちに、長年経ったご関係の中にお出しになることは、どうかと思い巡らしております。やはり世間の人の〔婿として〕ふさわしい方に決まってこそ、立派に、しかるべき機会もおありになるだろうと思うのですが。宮〔蛍兵部卿宮〕は、独り身でいらっしゃるようですが、人柄がたいそうひどく浮ついていて、通いなさる所が多く聞こえ、召人とか、憎らしい名乗りをする人たちが、数多く聞こえてきます。
そのような〔相手〕であることは、憎らしくなく見直しなさる人は、たいそううまく穏やかに消し去ってしまうでしょう。少し心に癖があっては、人に飽きられるに違いないことが、自然と出て来るに違いないのですが、そのお心遣いこそ〔大切〕なのです。大将〔右大将〕は、年を経た人がひどく老け過ぎているのを、嫌いがちに求めるそうですが、それも人々が迷惑がっているのです。そうであるべきことなので、さまざまに、人知れず思い定めかねております。
「このようなことは、親などにも、はっきりと、自分の思う様子だと言って、語り出しにくいことだけれど、〔あなたは〕それほどのご年齢でもない。今は、どうして何事をもお心にお分けなさらないことがあろうか〔何でも打ち明けてよい〕。私を、昔の様子になぞらえて、母君と思いなさい。お心に飽き足りないことがあるのは、心苦しい」などと、たいそうまじめに〔源氏が〕申し上げなさると、〔玉鬘は〕つらくて、お返事申し上げようともお思いになれない。たいそう若々しいのも情けなくお思いになって、「何事も思い知りませんでした頃から、親などは見ないものに慣れておりまして、どうとも思いなさることができません」と、申し上げなさる様子がたいそう幼いので、もっともだと〔源氏は〕思って、
「それならば世の例えの、後の親をそれだと思って、並々でない志のほども、すっかり見せてくださるでしょうね」などと、〔源氏は〕語らいなさる。〔源氏が〕お思いになる様子〔玉鬘への思い〕のことは、まばゆいので、言い出しなさることができない。意味ありげな言葉は時々混ぜなさるけれど、〔玉鬘が〕気づかない様子なので、〔源氏は〕むやみに嘆きながら〔日々を〕お過ごしなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第24冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。