ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第24帖 胡蝶 / 第9場面

橘の香の夜

あらすじ・人物・読み方

雨上がりの夕方、源氏は橘の実を手に玉鬘のもとを訪れ、亡き夕顔への思いを歌に託して玉鬘への恋心をほのめかす。玉鬘は返歌で身の上を案じつつ戸惑い、源氏は親心を装いながらも思いを募らせ、夜更けを待たずに帰っていく。

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現代語で読む

雨が降っていた名残で、たいそう静かな夕方、御前の若楓や柏木などが青々と茂り合っているのが、何となく心地よさそうな空を〔源氏が〕見出しなさって、「和してまた清し〔調和して、しかも清らかだ〕」と口ずさみなさって、まず、この姫君〔玉鬘〕のご様子の、匂うような美しさを思い出しなさって、いつものように、忍んで〔玉鬘のもとへ〕お渡りになった。

〔玉鬘が〕手習いなどをして、くつろいでいらしたのを、〔源氏が来ると〕起き上がりなさって、恥じらいなさる顔の色合いが、たいそう美しい。穏やかな様子が、ふと昔〔の夕顔〕を思い出させるのにも、〔源氏は〕堪えがたくて、

「〔あなたを〕見初め申し上げた時は、たいそうこうまで〔夕顔に〕似ていらっしゃるとは思わなかったのに、不思議と、ただその人かと思い紛らわされる折々がある。しみじみとしたことでした。中将〔頭中将〕が、まったく昔ふうの匂いにも見えない習いなのに、それほど似ないものと思うところに、こんな方〔夕顔に似た玉鬘〕もいらっしゃったのですね」と言って、〔源氏は〕涙ぐみなさった。箱の蓋にあるお果物の中に、橘があるのを探って、

橘の香が移った袖に〔今のあなたを〕よそえてみると、〔母とは〕変わってしまった身だとも思われないことです。いつも心にかけて忘れがたいのに、慰められることもなく過ぎた年月を、こうして〔あなたを〕拝見するのは、夢ではないかとばかり思いなすのを、やはり堪えきれそうにありません。〔私を〕疎んじなさるなよ」

と言って、〔源氏が玉鬘の〕お手をとらえなさると、女〔玉鬘〕は、このようにされ慣れなさっていなかったので、たいそう嫌だと感じられるけれど、おっとりした様子でいらっしゃる。

袖の香に〔母を〕よそえることから、橘の実のように〔私の〕身までもはかなくなってしまうのではないでしょうか。

〔玉鬘が〕気詰まりに思ってうつむいていらっしゃる様子が、たいそう愛らしく、手つきがつぶつぶとふっくらしていらっしゃる、体つきや肌つきが細やかに美しいのに、〔源氏は〕かえって思いが添う心地がなさって、今日は少し思うことを申し上げてお知らせになった。

女〔玉鬘〕は、つらく、どうしようと思われて、震える気配も明らかだけれど、「どうして、こう疎ましいと思うのか。たいそう上手に隠して、人に咎められるはずもない心のほどですよ。何気ない様子で表向きは隠しなさい。浅くも思い申し上げない〔深い〕心ざしに、さらに〔思いが〕添うはずですから、世に比べるものもない心地がするのに、このお便りを申し上げる人々には、〔私を〕見劣りするとお思いになることがあるでしょうか。たいそうこう深い心のある人は、世にめったにないことだから、〔その人を〕気がかりにばかり〔思うのです〕」とおっしゃる。たいそう出しゃばった親心であることよ。

雨はやんで、風が竹にそよぐ頃、華やかに差し出た月影で、趣のある夜の様子も静かなところに、人々は、細やかなお話に恐縮して控えて、近くにもお仕えしない。

常にお目にかかりなさるお仲だけれど、こうよい折もめったにないので、言葉に出しなさったついでに、〔源氏の〕一途なお心からか、親しみ深いほどのお衣装どもの気配は、たいそうよく〔他人に〕紛らわしなさって、近くに臥しなさると、〔玉鬘は〕たいそうつらく、人がどう思うだろうことも異例なことに、ひどく感じられる。

「本当の親の御そばだったら、粗略にお見放しなさるとしても、このようなつらいことはなかったでしょうに」と悲しいのに、包もうとしてもこぼれ出て、たいそう心苦しいご様子なので、「こうお思いなのがつらいのです。縁遠い知らない人でさえ、世の道理として、皆許すことらしいのに、こう年月を経た親しさで、これほどお目にかかるのに、何が疎ましいことがあるでしょうか。これより強引な心は、決してお見せ申し上げないでしょう。並大抵で堪えるには余るほど〔の思い〕を、慰めるのですよ」と言って、しみじみと親しげに申し上げなさることが多かった。まして、このような気配は、ただ昔〔夕顔〕の心地がして、たいそうしみじみとする。

〔源氏は〕ご自身のお心ながらも、「突然の軽はずみなことだ」と自然にお分かりになるので、たいそうよく思い返しなさりながら、人も不審に思うだろうから、ひどく夜も更かさずにお出になった。

「〔あなたが私を〕疎んじなさったら、たいそうつらいことです。よその人は、こううっとりするようにはないものですよ。限りなく、底知れない心ざしですから、人が咎めるような様子では決してないでしょう。ただ昔が恋しい慰めに、はかないことをも申し上げましょう。同じ心でお答えなどなさい」と、たいそう細やかに申し上げなさるけれど、〔玉鬘は〕我を忘れた様子で、たいそうたいそうつらいと思っていらしたので、「たいそうそれほどにはご覧申し上げないお心づかいを、たいそうこの上なくお憎みになるらしいことよ」と嘆きなさって、「決して、〔そのような〕様子を見せずにいてください」と言って、お出になった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第24冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。