ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第25帖 蛍 / 第3場面

五月五日、宮の文と菖蒲の歌の応酬

あらすじ・人物・読み方

源氏は端午の日に馬場の御殿へ出るついでに対へ渡り、蛍宮の夜更かしを戒めるような言葉を残す。宮から菖蒲の歌を結んだ文が届き、玉鬘は源氏にせがまれて若々しい返歌をする。

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現代語で読む

「ご様子などのなまめかしさは、たいそうよく大臣の君〔源氏〕に似申し上げていらっしゃる」と、人々もほめ申し上げた。昨夜、たいそう女親らしくお整えになったご様子を、内々の者たちは知らないで、「あはれに畏れ多いこと」と皆が言う。

姫君は、このようにさすがな〔源氏の〕ご様子を〔見て〕、「私自身のつらさだこと。親などに知られ申し上げて、世の人のような様子で、このようなご心ばえでなかったならば、どうしてたいそう似つかわしくなくもあったろう。人に似ないありさまこそ、ついに世の語り草になるのだろうか」

と、起き臥し思い悩んでいらっしゃる。実際は、「本当に見所のない様子には扱い切るまい」と、大臣〔源氏〕はお思いであった。やはり、そのようなご心癖なので、中宮〔秋好中宮〕なども、たいそう窮屈にとお思い申し上げていらっしゃるのを、折に触れつつ、並々でなく申し上げて動かしなどなさるけれど、高貴な方〔中宮〕の、及びもなく煩わしいことに、降り立ってあらわに申し上げ寄りなさらないのを、この君〔玉鬘〕は、人のご様子も、親しく今風であるところに、自然と思い忍びがたくなるのに、折々、人目に触れ申し上げつければ疑いを負いそうなご待遇などは、交じることではあるけれど、めったにないこととお思い返しになりつつ、さすがなご関係であった。

五日〔端午〕には、馬場の御殿にお出かけになったついでに、〔源氏は対へ〕お渡りになった。

「どうでしたか。宮は夜をお更かしになったのか。ひどく馴れ馴れしくもし申し上げまい。煩わしい気が添っていらっしゃる人だこと。人の心を破り、物の過ちを犯すまじき人は、堅くこそあるべきだ」などと、活かし殺し〔飴と鞭を〕使い分けて戒めていらっしゃるご様子は、尽きることなく若く清らかに見えなさる。艶も色もこぼれるばかりのお召し物に、直衣がはかなく重なった合わせ目も、どこに加えられる清らかさがあろうか、この世の人が染め出したとは見えず、常の色も変えない文目も、今日は珍しく、をかしく思われる薫りなども、「思うことがなければ、をかしく思えるはずのご様子だこと」と姫君はお思いになる。

宮〔蛍宮〕からお手紙がある。白い薄様〔の紙〕で、お筆跡はたいそう風情があって書きなさっている。見るうちこそをかしいけれど、真似て〔読み〕出してみれば、格別のことはないよ。

今日〔端午〕でさえ、引く人もいない水隠れに生える菖蒲の、その根だけがひとり泣かれることでしょう。

例によっても引き出すべき根〔菖蒲の根〕に結びつけなさっているので、「今日のお返事を」などとそそのかしておいて、〔源氏は〕お出かけになった。あれこれの者も、「やはり〔お返事を〕」と申し上げるので、〔姫君の〕お心にもどうお思いだっただろうか、

あらわれて、いよいよ浅くも見えることよ。菖蒲とも見分けがつかずに泣かれた、〔私の思いの〕根の浅さが。若々しく」とだけが、ほのかであるようだ。「筆跡を今少し由緒づけていたら」と、宮は好ましいお心で、少し物足りないこととご覧になったのだろうよ。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第25冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。