第25帖 蛍 / 第8場面
夕霧への譲りと内大臣の夢占い
あらすじ・人物・読み方
源氏は夕霧を玉鬘に近づけ、将来を譲ろうとする。一方、内大臣は亡き撫子の君との間の姫君の行方を思い続け、夢占いで「知られなかった御子を聞き出すことがある」と告げられる。
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現代語で読む
中将の君〔夕霧〕を、こちら〔源氏のもと〕では気遠くおもてなし申し上げなさるけれど、姫君のお方には、それほど遠ざけ申し上げなさらないように慣らしなさる。
「私の世の間は、どうであれ同じことだけれど、〔私の〕亡くなるであろう世を思いやるにつけ、やはり見続け、思いしみたことどもこそ、取り分けて思われるはずです」と言って、南面の御簾の内はお許しになった。台盤所や女房の〔住む〕中はお許しにならない。数多くいらっしゃらないご間柄で、たいそう大切にお世話申し上げていらっしゃった。
大方の心の持ちようなども、たいそうものものしく、真面目にしていらっしゃる君〔夕霧〕なので、〔源氏は〕後ろ安く〔安心して〕お譲りであった。まだ稚いお雛遊びなどの様子が見えるので、あの人〔夕顔〕と、共に遊んで過ごした年月のことが、まず思い出されるので、雛の殿〔玉鬘の邸〕の宮仕えを、たいそうよくお務めになって、折々にしおれて〔涙ぐんで〕いらっしゃった。
そうあってよいあたりには、たわいないことをもおっしゃり触れることは数多くあるけれど、頼みにするようにもしなさらない。その方にどうして見ないことがあろうかと、心が留まりそうなのも、強いてなおざりごとにして、やはり「あの、緑の袖を見え直したいものだ」と思う心だけが、大切な節には留まっていた。
むやみにどうしてかづらひ惑うならば、倒れ伏す方にお許しにもなりそうであったけれど、「つらいと思った折々に、どうして人にも事情を明かし申そうか」と思い置いていたので、忘れがたくて、ご本人〔夕顔〕にだけは、おろそかでない愛情を尽くして見せて、大方には焦がれているとは思われない。
兄の君達〔柏木たち〕なども、生半可に妬ましいなどのみ思うことが多かった。対の姫君のご様子を、右中将〔夕霧〕は、たいそう深く思いしみて、言い寄る伝手もたいそうはかないので、この君〔源氏〕をかこつけ寄ったけれど、「人の上については、もどかしい業であった」と、つれなくお答えになっていた。昔の父大臣たちのご間柄に似ている。
内大臣〔頭中将〕は、お子たちが腹々にたいそう多いところに、その成長した評判や人柄に従いながら、心に任せたような評判を、ご威勢で、皆お立てになる。女の子は数多くはいらっしゃらないのを、女御も、このようにお思いだったことが滞りなさり、姫君〔玉鬘〕も、このように事が違う様子でいらっしゃるので、たいそう口惜しいとお思いになる。
あの撫子〔柏木の母〕をお忘れにならず、物の折にも語り出しなさったことなので、「どうなってしまったのだろう。物儚かった親の心に引かれて、かわいらしかった人を、行方知らずになってしまったこと。すべて女子というものは、どうしてもどうしても目を放してはならないものだった。利口ぶってわが子と言って、あやしい様子ではふれ歩くのは安かろう。どうであれ、聞こえて出て来れば〔よいのだが〕」と、しみじみお思い続けていらっしゃる。君達にも、
「もし、そのような名乗りをする人がいたら、耳に留めておけ。心の慰みに任せて、あるまじきことも多かった中に、これは、たいそうそのように、並々の際にも思わなかった人の、はかない物憂いをして、このように少なかった子種の一つを、失ってしまったことの口惜しいこと」と、常々おっしゃり出す。中ごろなどはそうでもなく、お忘れになっていたのを、人が、さまざまにつけて、女子を大切に育てなさっている類どもに〔対して〕、自分のお思いどおりにかなわないのが、たいそう心憂く、本意なくお思いになるのであった。
夢をご覧になって、たいそうよく占い当てる者をお召しになって、占わせなさったところ、「もし、年ごろお心に知られなさらなかったお子を、人のものとして、お聞き出しになることが〔ありましょうか〕」と申し上げたので、「女子が人の子になることは、めったにないことだ。どのようなことであろうか」などと、このごろは、お思いおっしゃりそうである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第25冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。