第26帖 常夏 / 第5場面
源氏の煩悶
あらすじ・人物・読み方
源氏の玉鬘への思いは明け暮れ募るばかりで、許すべきか、据え置いて慰むべきかと思い乱れる。姫君も源氏に目馴れて打ち解けていくにつれ、源氏はなお思いを過ごし捨てることができず、心安からぬ日々が続く。
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お渡りになることも、あまりにひっきりなしで、人が見とがめるほどは、心の鬼に思いとどまって、然るべきことをし出でて、お文の通わない折はない。ただこの御ことだけが、明け暮れお心にかかっていた。
「どうして、こんなつまらないことをして、心安くない物思いをするのだろう。そう思わないようにと、心のままにでもあったら、世の人が非難する言葉の軽々しさは、自分のためはそれとして、この人の御ためには気の毒なことだろう。限りないお心ざしとはいっても、春の上の御寵愛に並ぶほどは、自分の心ながらありえない」とお分かりになっている。「さて、その劣りの列では、何ほどのことがあろうか。自分の身ひとつは、人よりは異なっていても、見る人の大勢の中で、関わる末では、どれほどの寵愛があろうか。格別なことのない納言の身分の、二心なく思うのには、劣ってしまうだろう」と、
自ら思い知るにつけて、たいそう気の毒で、「宮や大将などにお許ししようか。そうしてもて離れ、誘い取っては、思いも絶えるだろうか。言い甲斐のない者にして、そうしてしまおう」とお思いになる折もある。
けれども、お渡りになって、御容貌をご覧になり、今は御琴をお教えになることにさえ事寄せて、近くやかにお馴れ寄りなさる。
姫君も、初めは恐ろしく、嫌だともお思いになったが、「こうしても、穏やかで、油断ならないお心はなかった」と、だんだん目馴れて、たいそう疎んじ申し上げなさらず、然るべき御応えも、馴れ馴れしくないほどに申し交わしなどして、見るままにたいそう愛嬌づき、薫り勝っていらっしゃるので、やはりそうしても過ごし捨てることはできないと思い返しなさる。
「そうかまた、そうして、ここにこのまま大切に据えて、然るべき折々に、ひそかにうち忍び、ものをも申し上げて慰めようか。こうしてまだ世馴れないほどの、煩わしさのためにこそ、心苦しいのだ、おのずから関守が強くても、ものの心を知り始め、気の毒な思いがなくて、自分の心も思い入るなら、頻繁でも差し障ることはあるまい」と思い寄るのは、たいそう怪しからぬことであるよ。
ますます心安くなく、思い続ける苦しさだろう。何ということもなく思い過ごすことの、あれやこれやにも難しいのが、世馴れない厄介な御語らいだったのである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第26冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。