第31帖 真木柱 / 第16場面
春雨の文
あらすじ・人物・読み方
二月、雨の降るのどかな頃、大将は右近を介して玉鬘へ文を送り、春雨に寄せて故郷の人を偲ぶ歌を交わす。玉鬘は畏まって返歌を書き、琴を弾いて過ごすさまが恋しく思い出される。
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現代語で読む
大将〔鬚黒〕が、風情もなく、柔らかな気配もない人に寄り添っているだろうと思うと、はかない戯れ事も憚られ、つまらなく思われて、〔思いを〕抑えていらっしゃるのを、雨がひどく降って、たいそうのどかな頃、こうした退屈を紛らわせる所にお越しになって、語らいなさった様子などが、たいそう恋しいので、〔玉鬘へ〕お手紙を差し上げなさる。
右近のもとにひそかに遣わすのも、一方では、〔玉鬘が〕どう思うだろうかとお考えになると、何事も続け書きなさることができず、ただ思いをほのめかしたことばかりであった。
空がかき曇ってのどかな頃の春雨の中で、故郷の人をどのように偲んでいるだろうか。
退屈に加えて、恨めしく思い出されることが多くございますのを、どうして分別して申し上げられましょうか」
などとある。
〔右近が〕隙を見てひそかにお見せ申し上げると、〔玉鬘は〕泣いて、自分の心にも、時が経つにつれ思い出されなさる〔文の主の〕ご様子を、率直に「恋しい、どうしてお目にかかれよう」などとは、おっしゃることのできない親なので、「本当に、どうして対面もできようか」と、しみじみと悲しい。
折々に、難しかった〔源氏の〕ご様子を、好ましくなく思い申し上げたことなどは、この人〔右近〕にもお知らせにならないことなので、心ひとつに思い続けなさるが、右近は、ほのかに様子を見ていた。どういうことなのだろうと、今も理解しがたく思っていた。
お返事は、「申し上げるのも恥ずかしいけれど、気がかりではないでしょうか」と言って、お書きになる。
物思いにふけり、軒の雫に袖を濡らしていると、はかないあの人を偲ばずにいられようか。
月日の経った頃は、本当に、格別な退屈も増してございました。恐れ入ります」
と、たいそう畏まってお書きになっていた。
〔源氏は文を〕引き広げて、玉の水がこぼれるように〔美しく〕思われるのを、「人が見たら、困ったことになるだろう」と、素知らぬふうを装いなさるが、胸がいっぱいになる気持ちがして、あの昔、尚侍の君を朱雀院の后が切に取り籠めなさった折などを思い出しなさるが、差し迫ったことだからだろうか、これは世間離れしてしみじみと感慨深いのであった。
「人を好いた人は、心から安らかではいられないものだったのだ。今は何につけて心を乱そうか、いや乱すまい。ふさわしくない恋の端緒なのだなあ」
と、〔心を〕冷まそうとして侘びていらして、お琴を掻き鳴らして、〔玉鬘が〕懐かしく弾きなさった爪音を、思い出されなさる。東の調べを、すが掻きして、
「玉藻は刈るな」
と、歌い興じなさるのも、恋しい人に見せたら、感慨を抑えきれないだろうご様子である。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。