第31帖 真木柱 / 第17場面
雁の子の歌
あらすじ・人物・読み方
三月、源氏は山吹の咲く夕景に玉鬘を思い出し、独り山吹の歌を詠む。さらに雁の子に文を託して送ると、大将も居合わせる中で代筆をめぐるやり取りがあり、玉鬘が雁の子の歌で返歌をする。
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現代語で読む
内裏〔冷泉帝〕も、ほのかにご覧になった〔玉鬘の〕ご容貌や様子を、お心にかけていらして、
「赤裳の裾を引いて去った姿を」
と、憎らしい古歌ではあるが、お言葉の種になって、物思いにふけっていらした。お手紙は、ひそかに〔届けられ〕ていた。〔玉鬘は〕わが身をつらいものと深く思っていらして、こうした慰み事をも、つまらなくお思いになるので、心の解けたお返事も申し上げなさらない。
やはり、あの、得難かったお心遣いを、あれこれにつけて深く思っていらっしゃるお事は、忘れられなかった。
三月になって、六条殿の御前の、藤や山吹の美しい夕映えをご覧になるにつけても、まず見甲斐があって座っていらした〔玉鬘の〕ご様子ばかりが思い出されるので、春の御前を放っておいて、こちらにお越しになってご覧になる。
呉竹の垣根に、わざとらしくなく咲きかかっている山吹の色合いが、たいそう美しい。
「色に衣を」
などとおっしゃって、
思いがけず井手の中道のように隔たっていても、口に出さずに恋い慕う山吹の花よ。
顔に表れながら」
などとおっしゃるのも、聞く人はいない。このように、さすがに縁遠くなったことは、今回初めてお思いになった。本当に、不思議なお心の慰みであるなあ。
雁の子がたいそう多いのをご覧になって、柑子や橘などのように紛らわせて、わざとらしくなく〔玉鬘へ〕差し上げなさる。お手紙は、「あまりに人目につくといけない」などとお思いになって、端正に、
「気がかりな月日も重なってしまったのを、思いがけないお扱いだとお恨み申し上げるのも、あなたのお心ひとつによるのではないと聞いておりますので、特別な機会でなければ、対面も難しいだろうのを、残念に思っております」
などと、親らしくお書きになって、
同じ巣に帰った甲斐が見えないなあ。いったいどんな人が手に握っているのだろう。
どうして、それほどまでなどと、心苦しく」
などとあるのを、大将〔鬚黒〕もご覧になって、笑って、
「女は、本当の親のおそばにさえ、気軽に訪ねてお目にかかりなさることは、機会がなくてはありうることではない。まして、どうして、この大臣〔源氏〕が、折々に思いを離さず、恨み言をおっしゃるのか」
と、つぶやくのも、〔玉鬘は〕憎らしくお聞きになる。
「お返事は、ここでは申し上げられません」
と、書きにくく思われたので、
「私が申し上げよう」
と代わろうとするのも、傍らで見ていて決まりが悪いなあ。
巣に隠れて数にも入らない雁の子を、どちらの方へ取り隠すべきでしょうか。
よくないご様子に驚いて。好色めいたことですね」
と申し上げなさった。
「この大将が、このようなはかないことを言ったのも、まだ聞いたことがなかった。珍しく」
と言って、お笑いになる。心のうちでは、このように〔大将が玉鬘を〕占有しているのを、たいそうつらくお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。