第31帖 真木柱 / 第6場面
雪の夜の香の灰
あらすじ・人物・読み方
雪の夜、大将は玉鬘のもとへ出かけようとそわそわするが、正気で穏やかな北の方の様子に心苦しく思い乱れる。北の方に促され大将が身支度を整えるそばで、静かに寄り臥していた北の方は、突然火取りの香の灰を大将に投げかけ、大騒ぎになる。出かけることもできなくなった大将は、僧を呼んで加持をさせる。
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現代語で読む
日が暮れると、心も空に浮き立って、どうにかして出かけようとお思いになると、雪が空を掻き曇らせて降る。このような空に振り切って出かけるのも、人目がお気の毒で、この〔北の方の〕ご様子も、憎らしげに臥せって恨み言などおっしゃれば、かえって口実にして、自分も迎え火を作って待っているべきなのに、たいそう穏やかに、素気なく振る舞っていらっしゃる様子が、たいそう心苦しいので、どうしよう、と思い乱れながら、格子などもそのままに、端近く眺めておいでなのだった。
北の方は〔大将の〕様子を見て、
「あいにくな雪を、どうやって分けていらっしゃるのでしょう。夜も更けたようですよ」
と促しなさる。「今が最後だ、引き留めようとも」と思い巡らしていらっしゃる様子は、たいそう痛ましい。
「こんな時には、どうして〔出かけられましょう〕か」
とおっしゃりながらも、
「やはり、この頃だけは〔控えましょう〕。〔私の〕心のほども知らずに、あれこれ人が言いなすのを、大臣たちも、あれこれ聞いてお思いになることを憚って、〔通いが〕途絶えるのはお気の毒です。思いを静めて、やはり最期までご覧なさい。ここなどにお移しになれば、気安く過ごせましょう。このように世の常のご様子でお会いになる時は、よそへ分けていく心も失せて、しみじみと思い申し上げます」
などと、語らいなさると、
「お留まりになっても、御心がよそにあるのでは、かえって苦しいことでしょう。よそにいらしても、思いだけでも起こしてくだされば、袖の氷も解けましょうよ」
などと、穏やかに言っておいでなのだった。
御火取りをお呼び寄せになって、ますます〔香を〕焚きしめさせ申し上げなさる。ご自身は、萎えた御衣類、打ち解けたお姿は、ますます細く、か弱そうである。しんみりしておいでなのが、たいそう心苦しい。御目がひどく泣き腫れているのは、少し難があるけれど、たいそう痛ましいと見る時には、罪もなくお思いになって、
「どうやって過ごしてきた年月だろう」と、「名残もなく移ろう心のたいそう軽いことよ」とは思い思い、やはり心の懸想は進んで、空嘆きをしながら、やはり装束なさって、小さな火取りを取り寄せて、袖に引き入れて〔香を〕しめておいでなのだった。
慕わしいほどに萎えた御装束で、容貌も、あの並ぶ者なき御光にこそ圧倒されるけれど、たいそう鮮やかに男らしい様子で、ただ人とは見えず、心恥ずかしそうである。
侍所では、人々が声を上げて、
「雪が少しやみ間があります。夜は更けたようですよ」
などと、さすがに表立ってではなく、促し申し上げて、声を作り合っている。
中将、木工などは、「あわれな世だ」と嘆きながら、語らって臥していたところ、本人〔北の方〕は、ひどく思い沈んで、痛々しく寄り臥しておいでだった、と見る間に、にわかに起き上がって、大きな籠の下にあった火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄って、さっと〔灰を〕かけなさるや否や、人々がややと見合う間もなく、あきれたことに、〔大将は〕あきれておいでになる。
その細かな灰が、目鼻にも入って、むせて何も分からない。払い捨てなさるけれど、〔灰が〕立ち満ちているので、御衣類をお脱ぎになった。
正気でこうなさったのだと思えば、もう顧みるべきでもなくあきれたことだが、
「例の物の怪が、人に疎ませようとする仕業だ」
と、御前にいる人々も、お気の毒に拝見する。
立ち騒いで、御衣類をお着替え申し上げるなどするけれど、たくさんの灰が、鬢のあたりにも立ちのぼり、あらゆる所に満ちた心地がするので、清らかさを尽くしていらっしゃる界隈では、そのままお出かけなさるべきでもない。
「心の乱れとは言いながら、やはり珍しく、見知らぬ人のご様子だ」と爪弾きされ、疎ましくなって、痛ましいと思った心も残らないけれど、「この頃、荒立ててはひどいことが起きるだろう」と思い静めて、夜中になったけれど、僧などを呼んで、加持をして騒ぐ。お呼びののしりなさる声などは、思い疎みなさるのももっともである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。