第33帖 藤裏葉 / 第4場面
宿直所の逢瀬と河口の贈答
あらすじ・人物・読み方
宴も夜更けとなり、酔いを装った夕霧は柏木に宿直所を求め、柏木の計らいで雲居雁の部屋へ導かれて、長年の思いが遂げられる。翌朝、二人は催馬楽『河口』に寄せて歌を交わし、内大臣に朝寝を咎められる。
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現代語で読む
七日の夕月夜、〔月影が〕ほのかなところに、池の水面は鏡のようにのどかに澄み渡っている。なるほど、まだ〔色づきが〕ほのかな梢の数々が、物足りない頃であるのに、たいそう趣深く横たわる松に、〔松は〕それほど高くもないのに、掛かっている花の様子が、世の常とは違って見事である。
いつものように、弁少将が、声もたいそう心引かれるように、「葦垣」を謡う。大臣〔内大臣〕は、「たいそう際立ってお仕えくださることだな」と、うち興じておっしゃって、「長年経ったこの家の」と、歌い添えなさるお声が、たいそう見事である。風情のあるほどに賑やかに乱れるお遊びで、物思いも残らなくなってしまったようである。
だんだん夜が更けてゆく頃に、〔夕霧は〕ひどく悩んでいるふりをして、「乱れた気分がたいそう堪えがたくて、退出しようという空模様もほとんどうかがえそうにありません。宿直所をお譲りくださいませんか」と、〔柏木〕中将に訴えなさる。大臣〔内大臣〕は、「朝臣〔柏木〕よ、〔夕霧の〕お休み所をお求めなさい。翁〔私〕はたいそう酔いが進んで無礼なので、失礼して中へ入ります」と言い捨てて、お入りになった。
中将〔柏木〕は、「花の蔭での旅寝ですぞ。どうでしょう、つらい案内役ではありますが」と言うと、「松に契りを結んでいるのは、移ろいやすい花だというのか。とんでもない」と〔夕霧は柏木を〕責めなさる。中将〔柏木〕は、心の中で、「妬ましい仕業だな」と思うところもあるけれど、〔夕霧の〕人柄が思いのままに立派であるので、「こうも〔思いが〕遂げられてしまうだろう」と、〔以前から夕霧に〕心を寄せ続けてきたことなので、安心できるように〔雲居雁の部屋へ〕導いた。
男君〔夕霧〕は、夢かとお思いになるにつけても、わが身がますます畏れ多く感じられたことだろうよ。女〔雲居雁〕は、たいそう恥ずかしいと身にしみて感じていらっしゃるものの、〔夕霧の〕大人びて立派になられたお姿は、ますます飽きるところなく立派である。
「世の語り草にもなりそうだった身の上を、〔あなたの〕お気持ちによってこそ、ここまでお許しいただけたのでしょう。〔私の〕心情をお分かりにならないのも、普通とは違うことですね」と、〔夕霧は雲居雁に〕恨みを申し上げなさる。
「少将〔弁少将〕が進み出て謡った『葦垣』の趣は、お耳に留めなさいましたか。手厳しいお方ですね。『河口の』とこそ、応じてほしかったのに」とおっしゃると、女〔雲居雁〕は、たいそう聞き苦しい、とお思いになって、浅い浮き名を言い流されてしまった河口は、どうして〔秘密を〕漏らしてしまったのでしょう、関の荒垣よ。あきれたことですとおっしゃる様子は、たいそう含みのあるものである。〔夕霧は〕少し微笑んで、
漏れてしまった岫田の関のことを、河口の浅さのせいにだけはなさらないでください。長年の〔思いの〕積もりも、たいそうどうしようもなく苦しいので、〔酔って〕何も分かりません
と、酔いのせいにして、苦しそうにふるまい、夜が明けるのも知らない顔である。人々が、〔起こそうとして〕申し上げあぐねているのを、大臣〔内大臣〕は、「得意顔の朝寝だな」と、咎めなさる。けれども、〔夕霧は〕すっかり夜が明けきってからようやくお出になった。寝乱れたお朝の顔は、見る甲斐があることよ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第33冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。