第36帖 柏木 / 第16場面
尽きぬ惜しみと帖末
あらすじ・人物・読み方
御息所が出てきて夕霧の弔問に礼を述べ、夕霧は女二の宮の心中を思いやりながらねんごろに言葉をかける。柏木を惜しむ声は世に尽きず、源氏は薫を心の中で形見と見なしつつ帖は秋へと移る。
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現代語で読む
御息所が這い出ていらっしゃる気配がするので、〔夕霧は〕そっと座り直しなさった。
「つらい世の中を、思い沈んで過ごす月日が積もったせいでしょうか、心の乱れる思いも、妙にぼんやりして過ごしておりますのに、このようにたびたび重ねていらっしゃるご訪問が、とてもありがたいので、思い起こして〔起き出してまいりました〕」
と言って、本当に具合が悪そうなご様子である。
「〔柏木の死を〕お嘆きになるのは、世の道理ですが、またそれほどまでに〔嘆く〕のはいかがでしょう。万事は、なるべきようになるものでございます。やはり限りある世でございますから」
と、〔夕霧は〕慰め申し上げなさる。
「この宮は、聞いていたよりは心の奥が見えていらっしゃる。ああ、本当に、どれほど人笑いになることを取り添えてお思いなのだろう」
と思うのもただ事ではないので、ひどく心を留めて、〔宮の〕ご様子もお尋ね申し上げなさった。
「お顔立ちはとても完全には申し上げられそうもないけれど、とても見苦しく傍ら痛いほどでさえないならば、どうして、見る目によって人を思い飽きたり、また、そうあるまじきことに心を惑わしたりするのだろう。体裁が悪いことだ。ただ、心ばえだけこそ、言っていく上では、高貴であるべきだ」と〔夕霧は〕お思いになる。
「今はやはり昔に思いなぞらえて、疎遠でなくおもてなしください」
などと、わざと懸想めかしてではないけれど、ねんごろに気配を見せて申し上げなさる。直衣姿がとても鮮やかで、背丈も堂々として、なんとなく〔立派に〕見えなさった。
「あの大殿〔源氏〕は、万事が慕わしく優美で、上品に愛敬づいていらっしゃることが並ぶものがない方だ」
「こちら〔夕霧〕は、男らしく華やかに、ああ清らかと、ふと見えなさる匂いが、人に似ないことよ」
と、〔女房たちは〕ひそひそ言って、
「どうせなら、このようにでもお出入りなさったらよかったのに」
などと、人々が言うようである。
「右将軍の墓に草が初めて青くなった」〔漢詩の一節〕
と口ずさんで、それもとても近い世のことなので、さまざまに近く遠く、心が乱れるようであった世の中で、高い身分も低い身分も、〔柏木を〕惜しみ残念がらない者はないのも、もっともな方面はそれとして、妙に情けを立てる人でいらっしゃったので、そうあるはずもない公人や、年を経た女房たちでさえ、恋しく悲しみ申し上げる。まして、上におかれては、管弦の御遊びなどの折ごとに、まず思い出して、偲ばせなさった。
「ああ、衛門督〔柏木〕よ」
という言葉を、何事につけても言わない人はいない。六条院〔源氏〕においては、ましてしみじみと思い出されることが、月日が経つにつれて多かった。
この若君〔薫〕を、〔源氏は〕お心の中では〔柏木の〕形見と見なしなさるけれど、人が思いも寄らないことなので、とても甲斐がない。秋の頃になれば、この君は、這い歩きなど〔するようになる〕。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。