第37帖 横笛 / 第5場面
想夫恋と横笛の贈答
あらすじ・人物・読み方
夕霧は落葉の宮に箏を請い、言葉に出さぬ思いを歌に詠みかけるが、宮は末の方を少し弾いて返歌するだけである。帰り際、夕霧は柏木遺愛の横笛を贈り、試しに吹いて、宮と虫の声と横笛をめぐる歌を贈答する。夜は更けていく。
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現代語で読む
「思い及んだような顔をするのは、気が引けますけれど、これは、お弾きになるようお頼みしてもよいでしょうか」
と言って、しきりに簾の内を促し申し上げなさるけれど、まして遠慮がちな応答なので、宮はただ物事をあわれとお思い続けているところに、
言葉に出して言わないことが言うことに勝るとは、他人に恥じている様子を見ることだ。
と申し上げなさると、〔宮は〕ただ末の方を少しだけ弾いていらっしゃる。
深い夜のあわれだけは聞き分けますが、箏以外に顔を見せることはとてもできかねます。
飽きることなく趣のあるほどに、そのおっとりした楽器の音色に、昔の人〔柏木〕が心を込めて弾き伝えた、同じ調べのものとはいえ、あわれに心寒い感じのものの、片端を掻き鳴らして止めていらっしゃったので、恨めしいほどに感じられるけれど、
「好色めいた振る舞いを、さまざまに引き出してご覧いただいたことですね。秋の夜更かしをいたしましょうも、昔の咎めかと遠慮して、退出いたしそうです。またわざわざ心してお伺いすべきなのに、このお琴どもの調べを変えずに待たせてくださるでしょうか。弾き間違えることもあるはずの世の中ですので、心配なことです」
などと、はっきりとは言わないけれど、ほのめかしておいて退出なさる。
「今宵のご好意には、人がお許し申し上げそうなほどでした。とりとめのない昔語りにだけ紛らわせていらっしゃって、玉の緒〔命〕にしようという心地もいたしません、名残が多くて」
と言って、お贈り物に笛を添えて差し上げなさる。
「これ〔笛〕には、本当に古いことも伝わるはずと聞き置いておりましたが、このような蓬の生い茂る所に埋もれているのもあわれに見受けられますので、お供の前駆と競う声が、よそながらも聞いてみたいのです」
と申し上げなさると、
「ふさわしくない随身でございましょう」
と言って、ご覧になると、これも本当に長年身に添えて弄びながら、
「自分でも、まったくこの〔笛〕の音の極みは、吹き通すことができない。思う人にどうにかして伝えたいものだ」
と、折々言い合っていらっしゃったことを思い出しいらっしゃると、今少しあわれが多く加わって、試しに吹き鳴らす。盤渉調の半分ほどを吹きかけて、
「昔を偲ぶ独り言は、それでも罪が許されておりました。これは目もくらむほどです」
と言って、退出なさるところに、
露の多い葎の宿で、昔の秋と変わらない虫の声が聞こえることよ。
と、申し上げていらっしゃった。
横笛の調べは特に変わらないのに、虚しくなった音への思いは尽きることがない。
〔夕霧が〕出にくくてためらっていらっしゃるうちに、夜もすっかり更けてしまった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第37冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。