第37帖 横笛 / 第8場面
六条院、笛の由来
あらすじ・人物・読み方
夕霧は六条院で女御のもとにいる三の宮と遊び、若君の美しさと柏木に似た面影に心を動かされる。源氏との対話で一条の宮での想夫恋のことが話題になり、夕霧は夢に現れた柏木のことをほのめかす。源氏は笛が陽成院の笛で、式部卿宮から柏木へ贈られた由来を明かすが、若君の出生の秘密には触れず言葉を濁す。
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現代語で読む
〔三の宮は〕女御〔明石の姫君〕のお部屋にいらっしゃる時であった。三の宮は、三歳ほどで、〔宮たちの中で〕ひときわ可愛らしくていらっしゃるのを、こちら〔女御〕ではまた格別に大切にお世話申し上げていらっしゃった。〔三の宮が〕走り出ていらして、
「大将こそ、宮を抱き申し上げて、あちらへお連れ申し上げなさい」
と、〔女御が〕ご自分で畏まって、たいそう打ち解けた様子でおっしゃると、〔夕霧は〕微笑んで、
「いらっしゃいませ。どうして御簾の前を通ることなどできましょう。たいそう軽々しいことでしょう」
と言って、〔三の宮を〕抱き申し上げていらっしゃると、
「誰も見ていない。わたし、顔は隠そう。さあさあ」
と言って、御袖で〔顔を〕差し隠しなさるので、たいそう可愛らしくて、〔夕霧は三の宮を〕お連れ申し上げなさる。
こちら〔源氏の御殿〕にも、二の宮が、若君と一緒に交じって遊んでいらっしゃるのを、〔源氏が〕可愛がっていらっしゃるのであった。隅の座敷のあたりで〔三の宮を〕下ろし申し上げなさると、二の宮が見つけなさって、
「わたしも大将に抱かれたい」
とおっしゃるのを、三の宮が、
「わたしの大将だよ」
と言って、〔大将を〕引き留めていらっしゃった。院〔源氏〕もご覧になって、
「たいそう騒がしいご様子たちだなあ。公のお側近くの警護の者を、私の随身にしようと争っていらっしゃるよ。三の宮こそ、たいそう意地が悪くいらっしゃる。いつも兄に張り合い申し上げていらっしゃる」
と、諌め申し上げて取りなしていらっしゃる。大将〔夕霧〕も笑って、
「二の宮は、この上なく兄として譲り申し上げなさるお心が深くいらっしゃるようです。ご年齢のわりには、恐ろしいほど〔大人びて〕お見えになります」
などと申し上げていらっしゃる。〔源氏は〕微笑んで、どなたもたいそう可愛いと思い申し上げていらっしゃった。
「見苦しく軽々しい公卿の座だ。あちらにこそ〔参りなさい〕」
と言って、〔夕霧が〕渡っていらっしゃろうとすると、宮たちがまとわりついて、まったく離れなさらない。宮の若君は、宮たちのお仲間には入るべきではないのだよと、〔源氏は〕お心のうちにお思いになるけれども、かえってそのお気持ちを、母宮〔女三の宮〕が、心の鬼にでも思い寄せなさるだろうかと、これも心の癖で、気の毒にお思いになるので、たいそう可愛いものとして思い大切にお世話申し上げていらっしゃる。
大将〔夕霧〕は、この君〔若君〕を「まだよく見ることができないな」とお思いになって、御簾の隙から差し出ていらっしゃる〔源氏〕に、花の枝の枯れて落ちたものを取って、〔若君に〕お見せ申し上げて、招きなさると、〔若君は〕走っていらした。
二藍の直衣ばかりを着て、たいそう色白く光るように美しいことは、皇子たちよりも細やかに愛らしく、粒々と清らかである。少し目を留める心も加わって見るからだろうか、目の様子などは、この君〔若君〕の方が今少し強く才気のある様子が勝っているけれども、目尻の引き締まった愛らしく香るような様子などは、たいそうよく〔柏木に〕似ていらっしゃった。
口もとの、ことさらにはなやかな様子をしていて、微笑んでいることなど、「自分の目の思い込みだろうか、大殿〔源氏〕は必ず思い当たることがあるだろう」と、〔夕霧は〕ますますご様子を知りたく思う。
宮たちは、思いなしこそ気高いけれども、世間並みの可愛い幼児たちとお見えになるのに、この君〔若君〕は、たいそう上品である上に、様子が格別に愛らしいのを、〔夕霧は〕見比べ申し上げながら、
「ああ、哀れなことだ。もし疑う理由も本当ならば、父大臣〔内大臣〕が、あれほど世に例なく思い焦がれなさって、
『子として名乗り出てくる人さえいないことだ。形見に見るほどの名残だけでも留めてほしい』
と、泣き焦がれていらっしゃるのに、お聞かせ申し上げないのは罪深いことだ」などと思うけれども、「いや、どうしてそんなことがあるだろうか」
と、やはり納得できず、思い当たる手がかりがない。〔若君の〕気立てまでも親しみやすく哀れで、睦まじく遊んでいらっしゃると、たいそう可愛らしく感じられる。
〔夕霧が〕向かいの座敷へ渡っていらしたので、ゆったりとお話などを申し上げていらっしゃるうちに、日が暮れかかってきた。昨夜、あの一条の宮に参上していた時に、いらっしゃった様子などを〔夕霧が〕話し出していらっしゃるのを、〔源氏は〕微笑んで聞いていらっしゃる。しみじみとした昔のことや、関係のある折々については、〔源氏が〕受け答えなどをなさるので、
「あの想夫恋の演奏ぶりは、なるほど、昔の故事にも引き合いに出せそうな折でありながら、女は、やはり、人の心が移るほどの理由や風情をも、並々では漏らしてはならないものだと、思い知らされることが多いのです。
過ぎ去った方への志を忘れず、このように長く用意をしていて、人に知られないというのなら、同じことなら、心清くあって、あれこれと関わり合い、そそられるような乱れがないのが、誰のためにも奥ゆかしく、無難なことだろうと思います」
と〔源氏が〕おっしゃると、「賢いことだ。他人へのお教えだけは頼もしげで、このような色恋沙汰はどうか」と、〔夕霧は源氏を〕拝見していらっしゃる。
「何の乱れがありましょう。やはり、尋常でない世の哀れをかけ始めてしまいましたあたりで、気が短くいらっしゃることこそ、かえって世間並みの疑わしげな様子でありましょうと思いまして。
想夫恋は、わざわざ心を込め過ぎて弾き出されようものなら、憎らしいことでありましょうが、物のついでにかすかであったのは、その場の風情に合って、趣深いことでした。
何事も、人により、事柄に従うものなのでございましょう。ご年齢なども、次第にひどく若作りなさるようなほどでもいらっしゃらず、また、戯れめいて、色めいた様子などに、慣れたことをなさるでもないのに、打ち解けていらっしゃるのでしょうか。おおむね親しみやすく穏やかな人のご様子でいらっしゃいました」
などと申し上げていらっしゃるのに、〔夕霧は〕たいそうよい機会を作り出して、少し近くに参り寄っていらして、あの夢の話を申し上げなさると、〔源氏は〕すぐには何もおっしゃらず、お聞きになって、思い当たることもある。
「その笛は、ここで見るべき理由のあるものだ。あれは陽成院の御笛だ。それを亡き式部卿宮が、大切なものにしていらっしゃったのを、あの衛門督〔柏木〕は、子供の頃からたいそう格別な音を吹き出すのに感じ入って、あの宮が萩の宴をなさった日に、贈り物としてお与えになったのだ。女の心は深くは探り知れず、そのようにしたようだ」
などとおっしゃって、
「末の世への伝え方を、またどちらにと取り違えるだろうか。そのように思っていたのだろうよ」などとお思いになって、「この君〔夕霧〕もたいそう思慮深い人だから、思い当たることがあるだろうよ」とお思いになる。
そのご様子を見ると、〔夕霧は〕ますます憚って、すぐには打ち明け申し上げないけれども、せめてお聞かせ申し上げようという心があるので、今ちょうどことのついでに思い出したように、曖昧に振る舞って、
「今はと亡くなる頃にも、お見舞いに参っておりました時に、亡くなった後のことどもをお言い置きになりました中で、これこれと深く畏まって申し上げる旨を、繰り返しおっしゃっていましたので、どのようなことだったのでしょうか、今にその理由を思い寄せることができず、不安でございます」
と、たいそうたどたどしい様子で申し上げなさると、
「そうだろうよ」
とお思いになるけれども、何と言っても、その頃の事を明らかにしておっしゃるべきではないので、しばらく曖昧にしていて、
「そのように、人の恨みが留まるほどの様子が、どのような機会に漏れ出たのだろうと、自分でも思い出せないのだ。さて、今静かに、あの夢は思い合わせて申し上げよう。夜に語るなとか、女房の言い伝えに言うのだ」
とおっしゃって、ほとんどお返事もないので、〔夕霧が〕打ち明け申し上げたことを、どのようにお思いなのだろうかと、〔源氏は〕憚りながらお思いになっていた、とのことだ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第37冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。