第38帖 鈴虫 / 第8場面
中宮との夜話と御息所の炎
あらすじ・人物・読み方
朱雀院は六条院で秋好中宮と昔話を交わし、出家の願いを語るが、中宮は思いとどまるよう訴える。話題は六条御息所が死後も炎に苦しむという噂に及び、二人は御息所の冥福のための功徳を思う。
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現代語で読む
〔朱雀〕院は、中宮〔秋好中宮〕のお部屋に移っていらして、お話などを申し上げていらっしゃる。
「今はこのように静かなお住まいですから、たびたびもお参りできるはずで、何ということはありませんが、過ぎゆく年齢に加えて、忘れられない昔のお話などを、お聞きしたり申し上げたりしたいと〔私は〕思っておりますのに、何の役にも立たない身のありさまで、さすがに気おくれして、窮屈でもございます。
私より後の人々に、さまざまの面で遅れてゆく気持ちがいたしますのも、たいそう無常な世の心細さが、抑えがたく思われますので、世を離れた住まいにでも〔出家〕しようかと、次第に思い立ったのを、残る人々がはかないことになるだろうから、〔世に〕漂っていらっしゃるな、と、以前も申しつけたお心と変わることなく、〔出家を〕思いとどまっておいでなさいます」
などと、真心のこもった様子で〔中宮へ〕申し上げなさる。
例のように、たいそう若々しくおっとりしたご様子で、
「宮中の隔てが深くございました年頃よりも、〔お目にかかれない〕心もとなさがまさるように思われなさるご様子を、思いがけなく、気詰まりで、誰も彼も背いてゆく世の中を、厭わしく思いなさることもございますが、その心の内を申し上げたりお聞きしたりしなければ、何事もまず頼もしいお蔭として申し上げ慣れておりまして、心細く存じております」
と〔中宮は朱雀院へ〕申し上げなさる。
「なるほど、公の立場では、限られた折々の里下がりも、たいそうよくお待ち申し上げていましたのに、今は何事につけても、お心に任せなさるお移りもございましょう。定めのない世とは言いながらも、さほど厭わしいことのない人が、さわやかに世を背いて離れることはめったになく、気が休まるはずの年齢についてさえ、自然と思いが絡み合う足かせばかりがございますのに、どうして、その人〔出家者〕のまねを競うような御道心は、かえってひがんだふうにお推し量り申し上げる人もいらっしゃいましょう。思いもかけず、たいそうあってはならないおことです」
と〔朱雀院が〕申し上げなさるのを、「〔私の心を〕深くも汲み取ってはくださらないようだ」と、〔中宮は〕つらく思い申し上げていらっしゃる。
御息所の、お身が苦しくなっていらっしゃるだろうありさま、どのような煙の中に惑っていらっしゃるのだろうか、亡くなった後でさえ、人に疎まれ申し上げなさるお名乗りなどが世に出てきたこと、あの院〔源氏〕がたいそうお隠しになっていたのを、自然と人の口が騒がしくて、伝え聞きなさった後、たいそう悲しく痛ましくて、世の中すべてが厭わしくお思いになるようになって、かりそめにでも、あの方がおっしゃっただろうありさまを詳しく聞きたいのに、正面からは〔朱雀院も〕切り出して申し上げなさらずに、ただ、
「亡き人〔御息所〕のご様子が、罪の軽くないありさまで、ほのかに聞くことがございましたが、そのような証しが明らかでなくても、推し量ってお伝えすべきことでございましたけれど、後に残った頃の感慨ばかりを忘れられないこととして、物事の彼方へ思いを〔十分に〕おやりにならなかったはかなさを、どうにかよく言い聞かせてくれる人の勧めをも聞いておりまして、自分だけでも、あの炎をも冷ましてしまいたいものだと、次第に〔月日が〕積もるにつれて、思い知らされることもありました」
などと、〔それとなく〕かすめるようにおっしゃる。
「なるほど、そのようにお思いになるはずのことです」と、感慨深く〔朱雀院を〕拝見なさって、
「その炎は、誰も逃れられないことと知りながら、朝の露がかかっている間〔この世に生きている間〕は、思い捨てることはございません。目連が仏に近い聖の身でありながら、たちまちに〔母を〕救ったという例にも、〔あなたは〕従いなさることができないものだから、玉の簪をお捨てになるようなことも、この世に恨みが残るようなことです。
次第にそのようなお志をお持ちになって、あの方の御煙が晴れるようなことをなさってください。そのように〔私も〕思っておりますが、物騒がしいように、静かな本意もないようなありさまで日々を明け暮らしておりますうちに、自分自身の勤行に加えて、今こそ静かにと〔御息所のことを〕思っておりますのも、なるほど、心の幼いことです」
などと、世の中はすべてはかなく、厭い捨てたいことを申し交わしなさるけれど、それでもなお、〔世を〕捨てにくいお身のありさまたちである。
昨夜はひそかに気楽だったお出歩きも、今朝は表立っていらして、上達部たちは、参上なさった方々は皆お見送り申し上げていらっしゃる。
東宮の女御のご様子、並ぶ者もなく、大切にお世話申し上げなさる甲斐甲斐しさも、大将〔夕霧〕のまたたいそう人と異なるご様子をも、どちらともなく好ましくお思いになるのに、それでもなお、この冷泉院を思い申し上げなさるお志は、格別に深く感慨深く思われなさる。院〔冷泉院〕も常々気がかりに思い申し上げていらっしゃったのに、ご対面がまれで気が晴れないとばかり思われていたところに、〔朱雀院が〕急にお出かけになって、このように気安い様子にとお思いになるようになったのである。
中宮は、かえって退出なさることもたいそう難しくなって、ただの人の仲のように並んでいらっしゃるので、今風で、かえって昔よりも華やかに、管弦の遊びをもなさる。何事もお心の休まるご様子でありながら、ただあの御息所のことを思いやりながら、修行へのお心が進んでいらっしゃるのを、人がお許し申し上げるはずのないことなので、功徳のことを名目に立ててお営みになり、ますます心深く、世の中をお悟りになる様子がまさっていらっしゃる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第38冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。