第42帖 匂兵部卿 / 第5場面
薫の人となりと香
あらすじ・人物・読み方
内裏・后の宮・右の大臣に格別に愛される薫。その人となりと、この世のものならぬ香の香ばしさが語られ、匂宮はその香に対抗心を燃やして香を賞美する。
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現代語で読む
内裏でも、母宮〔女三の宮〕の御身内への御心寄せが深くて、たいそうしみじみとしたものにお思われ、后の宮もまた、もともと一つの御殿で、宮たちも一緒にお育ちになり、遊ばれた御もてなしを、ほとんど改めなさらず、「末にお生まれになって、心苦しく、大人しくも見おくことができなかったこと」と、院〔源氏〕がお思いになりおっしゃったのを、思い出し申し上げながら、並々ならず思い申し上げていらっしゃった。
右の大臣〔夕霧〕も、御自分の御子どもの君たちよりも、この君〔薫〕を、細やかに格別にもてなして大切にし申し上げなさる。
昔、光る君と申し上げた方は、そのようなまたとない御寵愛がありながら、嫉む人が付き添い、母方の御後見がないなどがあったのに、御心の様子がもの深く、世の中をお思い鎮めになったほどに、並ぶもののない御光を、まばゆくなく持て沈めなさり、ついにそのようなひどい世の乱れが出てきそうなことも、事なく過ごしなさって、来世の御修行も遅らせなさらず、万事さりげなくて、長くのどかな御心の持ちようでいらっしゃったが、この君〔薫〕は、まだ若いのに、世の評判がたいそう過ぎて、思い上がったことが、この上ないほどでいらっしゃる。
まことに、そうあるべくして、たいそうこの世の人として作り出されはしなかった、仮に〔この世に〕宿ったかとも見えることが、付け加わっていらっしゃる。御顔立ちも、これといって、どこが優れた、ああ清らかだ、と見えるところもないが、ただたいそう優美で恥ずかしげに、心の奥が深そうな気配が、人に似ていないのであった。
香の香ばしさは、この世の匂いではなく、不思議なほどで、振る舞っておいでの辺りは、遠く隔たったほどの追い風に、まことに百歩の外までも薫りそうな心地がした。誰も、それほどまでに〔申し分なく〕おなりになった御様子が、たいそうやつれたふりで、そのままであろうはずがなく、さまざまに、自分は人に勝ろうと、繕い用意するはずであるものを、このように際立つまで、忍んで立ち寄るような者の隅も、著しいほのめきの隠れようがないのに、うるさがって、ほとんど身に取り付けなさらないけれど、数多い御唐櫃に埋もれた香の香料も、この君のは、言いようもない匂いを加え、御前の花の木も、はかなく袖が触れなさる梅の香は、春雨の雫にも濡れて、身にしみる人が多く、秋の野に主のない藤袴も、もとの薫りは隠れて、なつかしい追い風が、とりわけ折に合わないほど勝っていた。
このように、たいそう不思議なほど人の目立つ香に染まっておいでのを、兵部卿宮〔匂宮〕は、他のことよりも対抗心を燃やしてお思いになって、それ〔匂宮〕は、わざわざ万事に優れた移し香を染めなさって、朝夕の作法に合わせて焚きしめ、御前の前栽にも、春は梅の花園を眺めなさり、秋は世の人が賞美する女郎花、小牡鹿の妻が住むという萩の露にも、ほとんど御心をお移しにならず、老いを忘れる菊に、衰えゆく藤袴、もののなさそうな吾亦紅などは、たいそう興ざめな霜枯れのころまでお思い捨てにならないなど、わざとらしくして、香を賞美する思いを、ことさら好ましくていらっしゃった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第42冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。