第44帖 竹河 / 第10場面
大君の参入
あらすじ・人物・読み方
九日、大君が冷泉院へ参る。供の蔵人少将は中の君と言葉を尽くし、別れの歌を交わす。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
九日に、〔大君は冷泉院へ〕参上なさる。右の大殿〔夕霧〕は、御車や御前伺候の人びとを大勢差し向けなさった。北の方〔雲居雁〕も、〔玉鬘を〕恨めしくお思い申し上げなさるけれど、年来そうではなかったのに、この御事〔大君の参入〕のため頻繁にお便りし合っていらしたのを、また絶えてしまうのもよくないので、被け物や立派な女の装束などを、多く差し上げなさった。
〔北の方の御文には〕「不思議なことに、正気もないような人の様子を、〔あなたが〕ご覧になってお世話なさる間に、私が聞き留めることもなかったのに、知らせてくださらないのも、よそよそしく〔思われます〕」と書いてあった。穏やかな様子でほのめかしていらっしゃるのを、〔玉鬘は〕お気の毒にご覧になる。大臣〔夕霧〕からも御手紙がある。
「私自身も参るべきところ、そう思っておりましたが、慎むべき事がございまして。男どもを、雑用にと参らせます。遠慮なくお召し使いください」と言って、源少将や兵衛佐などを、〔夕霧は大君の供に〕差し上げなさった。「ご情けのあるお方だこと」と、〔玉鬘は〕喜び申し上げなさる。大納言殿からも、人びとの御車を差し上げなさる。〔大納言の〕北の方は、故大臣〔鬚黒〕の御女、真木柱の姫君であるので、どちらの方につけても親しくお付き合いなさるはずだが、そうでもない。
藤中納言こそは、ご自身でいらして、中将や弁の君たちと、皆一緒に〔参入の〕事を取り行いなさる。殿〔鬚黒〕がいらっしゃったらと、何につけてもしみじみと悲しい。
蔵人の君〔蔵人少将〕は、例の〔取り次ぎの〕人にたいそうな言葉を尽くして〔頼み〕、「今が最期と思われる命が、それでも悲しいのです。『かわいそうに』と思う、とだけでも、一言おっしゃってくだされば、それにすがり留められて、しばらくでも生きながらえましょうものを」などとある〔文を〕、〔使いが〕持って参って〔姫君が〕ご覧になると、姫君お二方は語り合って、たいそうひどく思い屈していらっしゃった。夜も昼も一緒に過ごし慣れていらして、中の戸だけが隔てる西と東〔の部屋〕でさえ、とても鬱々としたものにしていらして、互いに行き来していらっしゃるのに、〔これから〕よそよそしく離れることをお思いになっていたのだった。
〔大君は〕心を込めて仕立て、引き繕い申し上げられた御様子が、とても美しい。殿〔鬚黒〕がお思いになっておっしゃっていた様子などを思い出しなさって、しみじみとする折からであろうか、〔中の君は文を〕取ってご覧になる。「大臣〔夕霧〕と北の方〔雲居雁〕とが、あれほど並び立って、頼もしい御間柄なのに、どうしてこのようなみだりな事を思い言っているのだろう」と不思議に思うにも、「最期」とあるのを、「本当だろうか」とお思って、そのままこの御文の端に、
「あはれ」という、常ならぬ世の〔はかない〕一言さえ、どのような人に隠すことができましょうか〔隠しはしません〕。
「不吉な方面で、かすかに〔あなたの気持ちを〕思い知りました」とお書きになって、「このように言ってやっておくれ」とおっしゃるのを、そのまま〔使いが少将へ〕差し上げたところ、〔少将は〕限りなく珍しく思う上に、折から〔中の君を〕思い留めようとする気持ちまで〔募り〕、ますます涙も留まらない。
〔少将は〕立ち返って、「誰の名も立つまい」などと、言い訳がましく言って、
生きているこの世で、死は心のままにならないので、あなたのひと言を聞かないで死んでしまうのでしょうか〔いえ、聞かずには死ねません〕。
「〔私の〕塚の上にまで〔あなたが〕心をかけてくださるほどの御心の程度を、お思いになっていたなら、〔私は〕まっしぐらに急いだことでしょうに」などとあるのに、〔中の君は〕「困ったことに返事をしてしまったなあ。書き直さないで送ってしまったよ」と苦しそうにお思って、何もおっしゃらなくなってしまった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第44冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。