第45帖 橋姫 / 第16場面
三の宮との対話
あらすじ・人物・読み方
薫は三の宮(匂宮)に宇治の暁の様子を詳しく語り、姫君たちの返歌まで見せないことを恨まれる。宮は薫の深い思い入れを面白がり、もっと様子を見てくるよう勧めるが、薫は世に心を留めまいとする身の上を語って慎重な態度を崩さない。心の内では、老女のほのめかした秘密のことが強く意識されている。
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いつものように、さまざまの御物語を、お話し申し交わしになるついでに、宇治の宮のことを語り出して、見た暁の様子などを、詳しくお話し申し上げると、宮(三の宮)は、たいそう切実に面白いとお思いになった。その通りだと、ご様子を見て、ますますお心が動きそうに言い続けられる。「それで、その時の返歌は、どうして見せてくださらなかったのです。私だったら」と恨まれる。
「賢いことだ。たいそうさまざまにご覧になるはずの端さえ、お見せにならない。あの辺りは、このようにたいそう埋もれた身の上に、引き籠もって終わるはずの様子でもございませんから、必ずご覧に入れたい、と思いますけれど、どうして尋ね寄られることができるでしょう。近づきやすいほどこそ、好もうと思えば、たいそうよく好くことができそうな世の中でございます。ひた隠しにしていることが多いことよ。その方面に見所がありそうな女の、物思いに沈んだ、ひっそりとした住まいなども、山里めいた片隅などに、自然とあるはずです。このお話し申し上げる辺りは、たいそう世慣れない聖の様子で、堅苦しいことでしょう、長年、思い軽んじておりまして、耳さえ、留めておりませんでした。ほのかだった月影の見劣りしないのが、本物の姿でしょう。気配や様子は、また、それほどであるのをこそ、理想的なほどとは、感じられるべきでしょう」などとお話し申し上げる。
最後には、真面目になってたいそう妬ましく、「並々の人に心移りするはずのない人が、このように深く思っているのを、並々ではない」と、知りたくお思いになることが、限りなくなってしまわれた。「やはり、またまた、よく様子を見てきなさい」と、人をお勧めになって、限りあるご身のほどの長さを、厭わしいほどに、心もとなくお思いになっていたので、薫は面白くて、
「いや、つまらないことでございます。しばらく、世の中に心を留めまいと思い申すような身でありまして、いい加減なことも慎ましくしておりますのに、心ならずも叶わない心が芽生え始めたら、大きく思いに違うことでしょう」と申し上げると、「いや、ああ、大げさな。例の、大げさな聖言葉を、最後まで見届けたいものだ」と言ってお笑いになる。心の内では、あの老女がほのめかした筋などが、たいそうふと驚かされて、しみじみとするので、面白いと見ることも、無難だと聞く辺りも、どれほども心に留まらなかった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。