ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第45帖 橋姫 / 第18場面

弁の君の昔語り

あらすじ・人物・読み方

暁、宮の勤行の間に薫は老女を召し出す。姫君たちの後見として仕える弁の君は、亡き権大納言(柏木)の最期の様子を語り始め、薫の出生にまつわる秘密を涙ながらに明かしていく。弁は柏木から託された文の束を取り出して差し出す。

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現代語で読む

さて、暁の頃、宮がご勤行をなさる間に、あの老女を召し出して、お会いになった。姫君のご後見としてお仕えさせなさっている、弁の君といった。年も六十に少し足りないほどだけれど、雅やかに由緒ある様子で、物事などをお話しする。

故権大納言の君(柏木)が、世とともに物思いをしながら、病みついて、儚くお亡くなりになった有様を、お話し出して、泣くことは限りない。「実に、よその人の身上として聞くだけでも、心打たれるはずの昔の出来事を、まして、長年覚束なく、知りたく、どういうことの始まりだったのだろうかと、仏にも、このことをはっきり知らせてくださいと、念じてきた験でしょうか、このように夢のように心打たれる昔語りを、思いがけないついでにお聞きつけたことよ」とお思いになると、涙を留めがたかった。

「それにしても、このように、その時代の事情を知った人も残っておられたことよ。珍しくも恥ずかしくも感じられる事の筋に、やはり、このように言い伝える類が、ほかにもあるのだろう。長年、まったく聞き及ばなかった」とおっしゃると、

「小侍従と弁のほかに、また知る者はございません。一言でも、ほかの人に漏らしてはおりません。このように儚く、数ならぬ身のほどではありますが、夜昼あの御影(女三の宮)に、お付き申し上げておりましたので、自然と物事の様子もお見申し上げ始めたところ、お心に余るほどお思いになっていた時々、ただ二人の間だけで、たまさかの御消息の通いもございました。そばで聞いていて辛いので、詳しくは申し上げません。

今はの際におなりになって、少しお言い残しになったことがございましたのを、このような身には、置き所もなく、鬱々と思い続けてきながら、どうやってお聞き及びいただけるかと、しっかりしない念誦のついでにも、思い続けていたのを、仏は世においでであった、と思い知りました。ご覧に入れるべき物もございます。今は、何を、焼き捨てもいたしましょう。このように朝夕の消え(死)を知らない身が、放って置かれましたら、落ち散るようなこともあろうかと、たいそう心配に思い続けてきましたが、この宮の辺りにも、時々、ほのめかしなさるのを、待ち受け申し上げてきたのは、少し頼もしく、このような折もあるかと、念じてきた効あって参上して来たのです。まったく、これは、この世のことでもございません」と、泣く泣く、細々と、お生まれになった頃のことも、よく覚えながらお話しする。

「(柏木が)お亡くなりになった騒ぎに、母でございました人は、そのまま病みついて、時も経ずにお隠れになりましたので、ますます思い沈んで、藤衣を重ね着し、悲しいことを思い続けていた頃に、長年、よからぬ人が心をつけていたのが、人を騙して、西の海の果てまで連れて行ってしまったので、京のことさえ跡が絶えて、その人もあちらでお亡くなりになった後、十年あまりして、別の世の心地がして、上京してきたのを、この宮は、父方に縁があって、子供の頃から参り通う由緒がございましたので、今はこのように世に交わるべき様子でもございませんが、冷泉院の女御殿の御方などこそは、昔、聞き馴れ申し上げた辺りで、参り寄るべきでございましたけれど、きまり悪く感じまして、差し出ることができずに、深山隠れの朽木になっております。小侍従は、いつかお亡くなりになったのでしょう。その頃の、若盛りと見ておりました人は、数少なくなりました末の世に、多くの人に後れる命を、悲しくお思いになってこそ、さすがに生き長らえております」などとお話しするうちに、いつものように、夜が明け果てない。

「よろしい、それでは、この昔物語は尽きそうにもありません。また、人聞きのない心安い所でお話ししましょう。侍従といった人は、ほのかに覚えているのは、五つ、六つほどだった頃でしょうか、急に胸を病んで亡くなったと聞いています。このような対面がなかったら、罪深い身として過ぎてしまうところでした」などとおっしゃる。

小さく押し巻き合わせた反故どもの、黴臭いものを袋に縫い入れたものを、取り出して差し上げる。「御前で失くしてください。『私は、もう生きてはいられなくなってしまった』とおっしゃらせて、このお文を取り集めて、お与えになったので、小侍従に、またお目にかかるついでに、はっきりお伝え申し上げよう、と思っておりましたのに、そのままお別れしてしまったのも、私事には、飽きることなく悲しく、思い続けております」とお話しする。薫は素知らぬ顔で、これは隠しなさった。「このような老女は、問わず語りにか、不思議なことの例として言い出すのだろうか」と苦しくお思いになるけれど、「返す返すも、散らさない旨を誓っていた、それか」と、また思い乱れなさる。

お粥や強飯などが参上する。「昨日は、暇な日でしたが、今日は、内裏の御物忌も明けたでしょう。院の女一の宮が、お悩みになっているお見舞いに、必ず参らなければなりませんので、あれこれと暇がございませんが、またこの頃を過ぎて、山の紅葉が散らないうちに参るべきです」と、お話し申し上げる。「このように、しばしばお立ち寄りになる光に、山の陰も、少し明るくなる心地がいたします」などと、喜んでお話し申し上げる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。