第45帖 橋姫 / 第19場面
柏木の遺文
あらすじ・人物・読み方
帰京した薫はまず袋を開ける。柏木と女三の宮の文のやりとりと、臨終の柏木が乱れた筆で書き残した二首の歌と、薫の行く末を案じる言葉が残されていた。その痛切な筆跡に薫は心を乱し、女三の宮の御前では思いを籠めて過ごす。
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現代語で読む
お帰りになって、まずこの袋をご覧になると、唐の浮線綾を縫って、「上」という文字を上に書いてある。細い組紐で、口の方を結んだのに、あの御名(柏木)の封が付いている。開けるのも恐ろしくお思いになる。
色々の紙で、たまさかに通っていたお文の返事が、五つ、六つある。それから、あの御手で、病が重く限りになってしまった上に、またほのかにもお伝えすることが難しくなってしまったのを、知りたいと思うことは募って、ご容貌も変わっておられるだろうが、さまざま悲しいことを、陸奥紙五、六枚に、粒々と、不思議な鳥の足跡のように書いて、目の前でこの世を去っていくあなたよりも、よそで別れていく私の魂こそ悲しい。
また、端に、「珍しく聞いております二葉(薫)のほども、心配に思い申し上げる方はないけれど、命があれば、それ(松の生い末)を見届けもしたでしょうに。人に知られず岩根に留めた松の生い末よ。書きさしたように、たいそう乱れがちで、「小侍従の君に」と上には書き付けてあった。
紙魚という虫の棲み処になって、古びた黴臭さながら、筆跡は消えず、今まさに書いたのにも違いない言葉が、細々とはっきりしているのをご覧になると、「実に、落ち散ってしまったら」と、心配で、痛ましいことどもである。
「このようなことが、世にまたあるだろうか」と、心の中でますます思いが募って、内裏へ参ろうとお思いになっていたのも、お出かけになれず。宮(女三の宮)の御前に参上されると、たいそう何の心もなく、若々しい様子で、経をお読みになっているのを、薫は恥ずかしがって、隠しなさった。「何を、知ってしまったとはいえ、知られ申し上げようか」などと、心に籠めて、万事を思い続けておられた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。