第47帖 総角 / 第18場面
大君の心労
あらすじ・人物・読み方
大君は匂宮の変わりやすい心を恐れ、人笑へになることを苦にして、次第に心身を弱らせてゆく。
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現代語で読む
あちら〔宇治〕では、〔宮が〕過ぎておしまいになった気配を、遠くなるまで聞こえる前駆の声々が、ただ事でなく思われなさる。準備をしていた人々も、たいそう残念に思った。姫宮〔中の君〕は、まして、
〔匂宮の御心は〕やはり、評判に聞く月草の色のような〔移ろいやすい〕御心であったことよ。かすかに人の言うのを聞くと、男というものは、嘘を実に上手につくものだそうだ。思ってもいない人を思っている顔に取り繕う言葉の多いものだと、人数にも入らない女たちが昔物語の中で言うのを〔聞くが〕、あのように素朴な仲の中にこそ、不埒な心を持つ者も混じっているのだろう。
何事も格の違う身分〔の間柄〕になってしまった今は、人が聞いてどう思うかも憚られ、窮屈な思いをすべきものと思っていたのは、そうあるはずのないことだったのだ。〔匂宮が〕浮気な振る舞いをなさるように、亡き八の宮も聞き伝えなさって、このように親しく近づくほどにまでは、お考え寄りもしなかったのに。不思議なほど情の深そうなことを言い続けなさり、思いがけなく〔中の君と〕お会いすることにつけても、わが身の辛さが募るのが、情けなくもあることよ。
このように〔匂宮が薫に〕見劣りする御心を、一方でかの中納言〔薫〕も、どのようにお思いになるだろうか。ここにも特に恥ずかしがる人は混じってはいないけれど、それぞれがどう思っているだろうと思うと、人笑いの種になるおかしなことだ。
と〔大君は〕思い乱れなさると、気分も悪くなって、ひどく苦しくお感じになる。
当の人〔中の君〕は、たまに対面なさる時、限りなく深い愛情を頼みにさせ契りなさったので、「そうはいっても、これほどまでお心が変わりはなさるまい」と、「会えないのも、やむを得ない支障がおありなのだろう」と、心の中で思い慰めなさる面がある。
月日が経って、〔匂宮が中の君を〕思い焦がれていらっしゃらないわけでもないのに、〔宇治を〕通り過ぎておしまいになるのが、辛くも残念にも思われるにつけ、ますます物悲しい。〔中の君の〕堪えがたいご様子なのを、
「人並みに扱って、普通の人らしい住まいならば、このように〔冷たく〕お扱いなさるはずはないのに」
などと、姉宮〔大君〕は、ますますお気の毒にと〔中の君を〕拝見なさる。
「私もこの世に生き長らえれば、このようなことを見なければならないのであろう。中納言〔薫〕が、あれこれと言って歩きなさるのも、人の心を見ようというのだったのだ。心の中でだけ離れて思っていても、取り繕って〔思いを〕送るのにも限度がある。ある人〔匂宮〕が懲りもせず、このような筋のことばかりを、どうにかしてと思い詰めているので、心ならずも、ついにはもてなしを受けてしまうことになりそうだ。これこそは、繰り返し、そのような心持ちで世を過ごせ、と〔父宮が〕おっしゃり置いたのは、このようなこともあるかとの戒めだったのだ。
そうであればこそ、辛い身の上である私たちは、そうあるべき人〔両親〕にもおくれてしまったのだろう。世間の物笑いになることを重ねる有様で、亡き〔父宮の〕御面影までも悩ませ申し上げるのが辛いことであるのを、私だけでも、そのような物思いに沈まず、罪などもまだ深くないうちに、どうにかして死んでしまいたい」
と〔大君は〕思い沈みなさると、気分も本当に苦しいので、食事も少しもお上がりにならず、ただ、自分が死んだ後の成り行きを、明け暮れ思い続けなさるにつけても、心細くて、この君〔中の君〕を拝見なさるのも、とても心苦しく、
「私にさえ先立たれて、どれほど慰められる方もなく辛いことだろう。惜しくも愛らしい様子を、明け暮れ眺める楽しみにして、どうにか一人前に見立てて差し上げよう、と思い世話してきたことこそ、人知れず将来の頼みにも思ってきたのに、並ぶ者ない立派な方でいらっしゃっても、これほど人笑いになる目を見てしまった人が、世の中に交わり、普通の人らしい様子で過ごしなさるのは、類少なく心辛いことだろう」
など思い続けなさると、「言っても仕方なく、この世には少しも思いを慰める方もなくて、過ごしてしまう身の上だったのだ」と心細くお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第47冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。