第47帖 総角 / 第17場面
紅葉狩りの人々
あらすじ・人物・読み方
十月朔日、匂宮の紅葉見物の一行が宇治に上る。殿上人たちは歌を詠み交わし、匂宮は姫君たちへの思いをいよいよ深める。
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現代語で読む
十月一日頃、網代も趣のある頃だろうと、〔薫は匂宮を〕そそのかし申し上げなさって、紅葉をご覧になるよう申し上げなさる。親しい宮人どもや、殿上人で親しくお思いなさる限りの人を〔集め〕「たいそう忍んで」とお思いなさるけれど、場所の狭い御威勢なので、自然と事が広がって、左の大殿の宰相中将が参りなさる。そのほかは、この中納言殿だけが、上達部としてお仕えなさる。ただ人は多かった。
あちら〔宇治〕には、「言うまでもなく、中宿りなさることを、しかるべき様子にお思いなさい。先の春も、花見に尋ねて参ったあれこれの人々が、このような機会にかこつけて、時雨の紛れに〔姫君たちを〕見申し上げ姿を現すようなこともございます」など、細やかに申し上げなさっていた。
御簾を掛け替え、あちこち掻き払い、岩陰に積もった紅葉の朽葉を少し除き、遣水の水草を払わせたりなどなさる。趣のある果物や肴など、しかるべき人なども差し上げなさっていた。一方では見たい気持ちもあるけれど、「どうしようか。これもしかるべきことなのだろう」と思い許して、準備をなさっていた。
〔匂宮たちが〕舟で上り下りし、面白く遊びなさるのも聞こえる。ほのかに様子が見えるのを、そちらに立ち出て、若い人々が見申し上げる。ご本人の御様子は、それと見分けられないけれど、紅葉を葺いた舟の飾りが、錦と見える上に、声々に吹き出す管弦の音どもが、風にのって大げさなまでに思われる。
世の人々がなびき大切にし申し上げる様子が、このように忍んでおられる道でも、たいそう特別に丁重なのをご覧になるにつけても、「なるほど、七夕の時だけでも、このような彦星の光をこそ待ち迎えるのだろう」と思われた。
詩文を作らせなさるべき準備に、博士なども控えていた。黄昏時に、御舟を差し寄せて遊びながら詩文を作りなさる。紅葉を薄く濃く挿して、「海仙楽」という曲を吹いて、それぞれ満足した様子なのに、宮〔匂宮〕は、近江の海の気持ちがして、遠方人の恨みはどれほどだろうとばかり、お心は上の空である。時節に合った題を出して、吟じ合っていた。
人々の迷いを少し静めて〔宮に〕おられようと、中納言もお思いになって、しかるべきように申し上げなさるうちに、内裏から、中宮の仰せ言によって、宰相の兄の衛門督が、大げさな随身を引き連れて、正式な様子で参りなさった。このような御歩きは、忍びなさろうとしても、自然と事が広がって、後の例にもなることなのに、重々しい人数があまり多くなくて、急にお出ましになったのを、お聞きになって驚いて、殿上人を大勢連れて参ったので、きまりが悪くなった。宮も中納言も、苦しいとお思いになって、遊びの興もなくなった。〔供の人々は宮たちの〕お心のうちを知らず、酔い乱れて遊び明かした。
今日は、これで〔帰ろう〕とお思うのに、また、宮の大夫や、その他の殿上人など、大勢差し上げなさっていた。心慌ただしく残念で、お帰りなさる空模様もない。あちら〔宇治〕には御文を差し上げなさる。風流なこともなく、たいそう真面目に、お思いなさっていた事どもを、細々と書き続けなさったけれど、「人目が多く騒がしいだろうから」とて、御返事はない。
「取るに足りないありさまでは、立派な御あたりに交わるのは、甲斐のないことだな」と、いっそう思い知りなさる。よそで隔たる月日は、心もとなさももっともで、そうは言ってもなど慰めなさるのに、近い所に騒いでおられて、素知らぬ顔で過ぎてしまわれようとするのは、つらくも残念にも思い乱れなさる。
宮は、まして、憂鬱でどうしようもないとお思いなさることが、限りない。網代の氷魚も心を寄せ申し上げて、いろいろの木の葉に掻き混ぜて弄ぶのを、下人などはたいそう面白いことと思っているので、人に従いながら、心ゆく御歩きなのに、ご自身のお気持ちは、胸だけがきゅっと塞がって、空ばかり眺めなさるが、この古い宮の梢は、たいそう特別に面白く、常磐木に這い混じった蔦の色なども、奥深げに見えて、遠目でさえものすごそうなのを、中納言の君も、「かえって頼みにし申し上げたのに、憂わしいことだな」と思われる。
去年の春、お供だった君たちは、花の色を思い出して、後れてここで眺めておられるだろう心細さを言う。このように忍び忍びに通いなさると、ほのかに聞いた者もあるだろう。事情を知らない者も混じって、大方あれこれと、人の御上は、このような山隠れであっても、自然と聞こえるものなので、
「たいそう風情あるようにていらっしゃるそうだ」
「箏の琴が上手で、故宮が明け暮れ遊び慣らしておられたので」
などと、口々に言う。
宰相の中将が、
いつぞやも花の盛りに一目見た木のもとでさえ、秋は寂しいことだ
主人方だと思って言うと、中納言〔薫〕が、
桜こそ思い知らせてくれる、咲き匂う花も紅葉も常ではない世であることを
衛門督が、
どこから秋は去ってしまったのだろう、山里の紅葉の蔭は過ぎてしまうのがつらいのに
宮の大夫が、
見た人もいない山里の岩垣に、心長くも這っている葛であることよ
中で年老いて白髪の人が、泣きなさる。親王〔八の宮〕が若くおられた頃のことなどを、思い出しているようである。
宮〔匂宮〕が、
秋が終わって寂しさが増す木のもとを、吹き過ぎないでほしい、峰の松風よ
と言って、たいそうひどく涙ぐんでおられるのを、ほのかに事情を知る人は、
「なるほど、深くお思いなのだな。今日の機会を過ごしなさる心苦しさは」
と見申し上げる人もいるけれど、大げさに引き続いて、〔宇治へ〕お寄りになることができない。作った詩文の面白い所々を吟じ、大和歌も折に触れて多いけれど、このような酔いの紛れに、まして立派なことがあろうか。片端を書き留めてさえ見苦しいだろう。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第47冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。