ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第49帖 宿木 / 第10場面

夕霧と匂宮の月見

あらすじ・人物・読み方

六条院で夕霧は匂宮を待って月を眺め、歌を贈る。匂宮は忍んで中の君のもとへ渡る。

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現代語で読む

右の大殿〔夕霧〕のもとでは、六条院の東の御殿を磨き整えて、限りなく万事を用意して〔匂宮を〕お待ち申し上げているのに、十六日の月がようやく昇るまで〔宮が来ないので〕心もとなく、たいしてお心に留めることでもないのに、どうなるのだろうと、心穏やかでなく思われて、〔人の〕案内をさせなさると、

「この夕方、〔宮は〕内裏からお出ましになって、二条院にいらっしゃるそうです」

と、人が申す。〔宮には〕お思いになる人〔中の君〕がおられるのだと、心が痛むけれど、今宵を過ぎてしまうのも世間の笑いものになるだろうから、御子である頭中将〔蔵人少将〕を通じて〔歌を〕申し上げなさった。

大空の月でさえ宿る私の宿に、待つ宵が過ぎてもお見えにならないあなたですよ

宮〔匂宮〕は、「なかなか今行くとも見えないだろう、心苦しい」と思われて、内裏にいらっしゃったところへ、〔夕霧からの〕お手紙が届いたのであった。お返事がどうであったか、やはり〔中の君が〕たいそういとしく思われたので、〔宮は〕忍んで〔二条院へ〕お渡りになったのであった。〔中の君の〕愛らしい様子を、見捨てて出る気持ちにもならず、いとしいので、万事に約束して慰めて、ご一緒に月を眺めていらっしゃる時であった。

女君〔中の君〕は、日頃も万事に思うことが多いけれど、どうにか様子に出すまいとこらえ返しながら、〔宮に〕素っ気なく振る舞われることであるので、特に聞き留めもしない様子に、穏やかにもてなしていらっしゃる様子が、たいそう痛ましい。

〔宮は〕中将〔頭中将〕が参ったのをお聞きになって、さすがにあちら〔六の君〕もいとしいので、お出ましになろうとして、

「今、たいそう早く参って来ましょう。一人で月を見なさいますな。心がそらならたいそう苦しい」

と申し置かれて、やはり傍らにいるのもつらいので、隠れの方から寝殿へお渡りになる、そのお後ろ姿を〔中の君が〕見送ると、どうということも思わないのに、ただ枕が〔涙で〕浮いてしまいそうな気持ちがするので、「つらいものは人の心であった」と、自分ながら思い知らされる。

「幼い頃から心細く哀れな身の上で、世の中を思いとどまる様子でもいらっしゃらなかったお一人〔父宮〕をお頼み申し上げて、あの山里〔宇治〕で年月を過ごしたけれど、いつとはなく所在なく寂しく暮らしながらも、こんなに心にしみて世を憂いものとは思わなかったのに、相次ぐ思いがけない御事どもを思った時は、世に再び留まって片時も過ごせそうに思えず、恋しく悲しいことの類いはないと思ったのに、命が長くて今までも生きながらえていると、人が思っていたほどよりは、人並みにもなるような有様を、長くあるべきこととは思わないけれど、見る限りは憎らしくないお心づかいやもてなしであるのに、ようやく思うことが薄らいでいたのに、この折の身の憂さはまた、言いようがなく、命の限りと思われることでした。

ひたすら世を去っておしまいになった人々よりは、それでもこれは、時々はどうして〔会え〕ないことがあろうか、とも思うべきなのに、今宵このように見捨ててお出ましになるつらさは、来し方も行く先も、皆かき乱れて心細くひどいのが、自分の心ながら思いやる方もなく、つらいことだなあ。自然に生きながらえたなら」

などと慰めようと思うのに、さらに姨捨山の月が澄んで昇って、夜が更けるにつれて万事に思い乱れなさる。松風の吹いて来る音も、荒々しかった山おろしに思い比べると、たいそう穏やかで懐かしく、住みよいお住まいであるけれど、今宵はそうとも思えず、〔宇治の〕椎の葉の音には劣って思われる。

山里の松の蔭でも、これほど身にしみる秋の風はなかった

〔中の君は〕来し方を忘れてしまったのだろうか。

老いた人々などは、

「もう、お入りなさいませ。月を見るのは忌むものですのに。情けないことに、わずかなお果物でさえご覧に入れ〔召し上がらせ〕なければ、どうなさるのでしょう」と。「ああ、見苦しい。縁起でもなく思い出されることもあるのに、たいそう困ったことです」

と嘆いて、

「さあ、この御事ですよ。それでも、このように疎かには、まさかなり果てはなさらないでしょう。そうは言っても、もとの志を深く思い初めた仲は、名残のないものではありませんよ」

などと言い合っているのも、さまざまに聞きづらく、「今は、どうしても口にかけて言うまい、ただ〔様子を〕見よう」と思われるのは、人には言わせまい、自分一人で〔宮を〕恨み申し上げようということなのだろうか。「まあ、中納言殿〔薫〕の、あれほどあわれ深いお心を」などと、昔からの人々は言い合わせて、「人のご運命の不思議だったことよ」と言い合っていた。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。