ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第49帖 宿木 / 第9場面

薫、宇治を語る

あらすじ・人物・読み方

薫は女二の宮に宇治の姉妹のことを語り、やがて自らの精進の日々を思う。

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現代語で読む

「秋の空は、今少し眺めが格別です。つれづれな気持ちの紛らわしにもと思って、先頃、宇治に行っておりました。庭も垣根も本当にますます荒れ果てておりまして、堪えがたいことが多かったのです。

故院〔光源氏〕がお亡くなりになった後、二、三年ほどの末に、世を背きなさった嵯峨の院にも、六条の院にも、覗きに来る人の、心を慰めるすべがなかったのです。木や草の色につけても、涙に暮れてばかり帰りました。あの御周辺の人は、身分の上下なく心の浅い人がなかったのです。

方々に集まっておいでだった人たちも、皆あちこちに離れ散りながら、それぞれが思い離れる住まいをなさっているようだったのに、頼りないほどの女房などはなおさら、心を慰めるすべもなく思われたままに、物の分からない心に任せながら、山林に入り混じり、むやみな田舎人になったりなど、痛ましく迷い散ることが多かったのです。

そうして、かえって皆を荒らし果て、忘れ草を生えさせた後、この右大臣〔夕霧〕も移り住み、宮たちなども方々においでになるので、昔に返ったようでございます。そのような世に、類のない悲しさとご覧になったことも、年月が経てば、思いを覚ます折が出てくるものだ、と見ておりますと、本当に、〔悲しみにも〕限りがあることだった、と見えます。

このように申し上げさせながらも、あの昔の悲しさは、まだ幼くもあった頃で、それほど心に染みなかったのでしょうか。やはり、この近い夢〔大君の死〕こそ、覚ますすべもなく思われますのは、同じこと、世の無常の悲しみではありますが、罪深い方が勝っているのでしょうかと、それさえも辛くございます」

と言って、〔薫が〕泣いておいでのほどは、とても心深そうだ。

昔の人〔大君〕を、それほど思い申し上げない人でさえ、この人〔薫〕が思っておいでの様子を見るには、むやみに平然としてはいられないだろうのに、まして、〔中の君も〕自分も物を心細く思い乱れておいでのにつけては、ますます普段よりも、面影を恋しく悲しく思い申し上げる心なので、今少し催されて、物も申し上げられず、ためらいかねておいでの気配を、互いにとても愛しく思い交わしなさる。

「世の辛さよりはなどと、人は言ったことも、そのように思い比べる心も格別になくて、長年は過ごしてまいりましたが、今は、やはりどうにか静かな様子ででも過ごしたく思われますが、さすがに心にもかなわないようなので、弁の尼こそ羨ましくございます。

この二十日あまりの間は、あの近くの寺の鐘の声も聞き続けたく思われますので、ひっそりと〔私をそちらへ〕お渡しくださいませんか、と申し上げさせたいと思っておりました」

とおっしゃると、

「〔宇治を〕荒らすまいとお思いになっても、どうして〔そうできましょう〕。気楽な男でさえ、行き来するほどの荒々しい山道ですので、思いながらも月日が隔たってしまいます。故宮〔八の宮〕の御忌日は、あの阿闍梨に、しかるべき事柄を皆言い置いてまいりました。あそこ〔宇治〕は、やはり尊い方〔弁の尼〕にお思い譲りなさい。時々ご覧になるにつけては、心の迷いが絶えないのもつまらないので、罪を失うような様子にしたい、と思われますが、またどのようにお考え置きになったのでしょう。

「何はともあれ、〔あなたが〕お決めになることに従ってこそ、と〔いうことです〕。しかるべきようにおっしゃってください。何事も疎かにせず承ることこそ、私の本意がかなうということでしょう」

などと、〔中の君は〕まじめな事柄を〔薫に〕申し上げなさる。経や仏などは、この上も〔薫が〕供養なさるのがよいようである。こうした機会にことづけて、〔自分は〕そっと籠もってしまいたい、などと〔中の君が〕ほのめかしておられる様子なので、

「それは決してあってはならないことです。やはり、何事も心穏やかにお考えなさい」

と〔薫は〕教え申し上げなさる。

日が高く昇って、人々が参り集まったりするので、あまり長居するのも大げさな顔つきになるだろうから、〔薫は〕お帰りになろうとして、

「どこでも、御簾の外〔でお話しすること〕には慣れておりませんので、きまりの悪い気持ちがいたします。また今度も、このように伺いましょう」

と言ってお立ちになった。「宮〔匂宮〕は、なぜいらっしゃらない時に来たのだろう」と〔匂宮が〕お思いになるであろうお心であるのも厄介で、侍の別当である右京大夫を呼んで、

「昨夜〔宮が〕お出ましになったと承って参ったのに、まだ〔ここに〕いらっしゃったので残念でした。内裏へ参りましょうか」

とおっしゃると、

「今日は、〔宮は〕お出ましになるでしょう」

と〔右京大夫が〕申すと、

「それなら、夕方にでも〔参ろう〕」

と言って、お出ましになった。

やはり、〔薫は〕この〔匂宮の〕ご様子やありさまをお聞きになるたびごとに、どうして昔の人〔大君〕のお心づかいをそむいて、思いに隈がなかったのだろうと、悔いる心ばかりが募って、心にかかっているのも厄介で、「どうして、人から言われたのではない自分の心なのだろう」と思い返される。そのまま今も精進中で、ますますただ修行だけをなさりながら、日々を明かし暮らしておられる。

母宮〔女三の宮〕は、なおたいそう若く穏やかで、無造作なお心にも、こうした〔薫の〕ご様子を、たいそう危うく由々しいことと思われて、

「〔私が〕幾世もあるまいのに、〔あなたを〕見申し上げていられる間は、やはり生き甲斐のある様子で見えなさい。世の中をお捨てになるにしても、そのようなお姿では、妨げ申し上げるべきでもないのに、この世を言い甲斐なく感じるような心の迷いで、ますます罪を得るのではないかと思われます」

とおっしゃるのが、恐れ多く痛ましくて、〔薫は〕万事を思い消しながら、御前では物思いのない様子を作っておられる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。