第49帖 宿木 / 第26場面
女二の宮の裳着
あらすじ・人物・読み方
女二の宮の裳着が執り行われ、薫が参る。五十日の祝いの準備も進む。
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現代語で読む
こうして、その月の二十日過ぎに、藤壺の宮〔女二の宮〕の御裳着のことがあって、その翌日に、大将〔薫〕が参った。夜のことは人目を忍んだ様子である。天下に鳴り響いて大切にされてきたお世話ぶりに、〔薫が〕ただの人のようにお供え申し上げるのが、やはり物足りなく痛ましく見える。
「そのようなお許しがあるにしても、ただ今、このようにお急がせになるべきことではないでしょう」
と、非難がましく思い言いなさる人もあったけれど、〔帝は〕思い立たれたことをすっきりと実行なさるお心で、前例のないほどに、どうせなら〔立派に〕おもてなししようと、お考えになっていたようだ。帝の御婿になる人は昔も今も多いけれど、このように御代の盛りに、ただの人のように婿取りを急がせなさった類は、少なかったであろう。右の大臣〔夕霧〕も、
「珍しかった人のご寵愛は、前世からの宿縁だ。故院〔光源氏〕でさえ、朱雀院の御末の子におなりになって、今はこれまでと身をやつされた際に、あの母宮〔女三の宮〕をお得申し上げたではないか。私はまして、人も許さないものを拾ったのだったよ」
と申し出ると、宮は、なるほどとお思いになるものの、恥ずかしくてお返事もできない。
三日目の夜は、大蔵卿をはじめ、あの御方〔女二の宮〕に心を寄せるようになさった人々や家司に仰せ言を賜って、ひっそりとはしていたけれど、あの御前をはじめ、随身、車副、舎人まで禄をお与えになる。その間の事どもは、私事のようであった。
こうして後は、〔薫は〕忍び忍びに参る。心の内には、なお忘れがたい昔の様子ばかりが思い出され、昼は里で起き臥し物思いに暮らして、日が暮れると心ならずも急いで参るのにも、慣れない気持ちで、たいそう憂鬱で苦しくて、「〔宮を三条へ〕お出し申し上げよう」とお考えになっていた。
母宮は、たいそう嬉しいことにお思いになっていた。お住まいの寝殿を譲り申し上げようとおっしゃるけれど、
「たいそう恐れ多いことでしょう」
と言って、御念誦堂の間に、廊を続けてお造らせになる。〔女二の宮は〕西面にお移りになるようだ。東の対なども、焼けた後、立派に新しくあってほしいものを、ますます磨き加えながら、細かくおしつらわせになる。
このようなお心遣いを、内裏でもお聞かせになって、間もなく打ち解けてお移りになるのを、どうだろうとお思いになっていた。帝と申し上げても、子のことを思う心の闇は同じことでいらっしゃった。
母宮のもとに、御使いがあったお手紙でも、ただこのことを申し上げなさっていた。故朱雀院が、特に、この尼宮のことを申し置きなさっていたので、このように世を背いていらっしゃっても、衰えず、何事も元のままで、奏上なさることなどは必ずお聞き入れになり、ご配慮が深かった。
このように、高貴な方々のお心で、互いに限りなく大切に騒がれる重々しさも、どういうわけか、心の内には特に嬉しくも思われず、なお、ともすれば物思いに沈みながら、宇治の寺を造ることを急がせなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。