第49帖 宿木 / 第28場面
藤の花の宴
あらすじ・人物・読み方
藤壺で藤の花の宴が催され、帝・薫・按察使大納言らが藤の花の歌を詠み交わす。
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現代語で読む
「夏になれば、三条の宮は塞がる方角になってしまうだろう」と定めて、四月一日頃、節分とかいうことがまだ先のうちに、〔女二の宮を三条へ〕お移し申し上げる。
明日という日、藤壺に主上がお渡りになって、藤の花の宴をお催しになった。南の廂の御簾を上げて、椅子を立てた。公事なので、主人の宮〔女二の宮〕がお仕え申し上げるのではない。上達部、殿上人への饗応などは、内蔵寮からお仕えした。
右の大臣〔夕霧〕、按察使大納言、藤中納言、左兵衛督。親王たちは、三の宮〔匂宮〕、常陸宮などがお控えになる。南の庭の藤の花のもとに、殿上人の座が設けられた。後涼殿の東に楽所の人々を召して、日が暮れてゆく頃、双調に吹いて、主上の御遊びに、宮の御方〔女二の宮〕から御琴や笛などをお出させになると、大臣をはじめとして、御前に取り次いで参る。
故六条の院〔光源氏〕がご自身でお書きになって、入道の宮〔朱雀院〕に差し上げなさった琴の譜二巻を、五葉の枝に付けたものを、大臣〔夕霧〕がお取りになって奏上なさる。
次々に、箏の御琴、琵琶、和琴などは、朱雀院の品々であった。笛は、あの夢で伝わった昔の形見のものを、「またとない物の音だ」とお褒めになったので、「この折の立派さ以上に、またいつ晴れ晴れしい機会があるだろう」と思って、取り出していらっしゃったようだ。
大臣は和琴、三の宮は琵琶などを、それぞれお受けになる。大将〔薫〕の御笛は、今日こそ、世にない音の限りで吹き立てていらっしゃった。殿上人の中でも、唱歌が似つかわしくない者たちは召し出されて、面白く遊ぶ。
宮の御方〔女二の宮〕から、粉熟をお差し上げになった。沈の折敷四つ、紫檀の高坏、藤の村濃の打敷に折枝を縫ってある。銀の様器、瑠璃の御盃、瓶子は紺瑠璃である。兵衛督が、お給仕をお仕え申し上げる。
御盃が参る時に、大臣は、繰り返しては都合が悪かろうし、宮たちの中にもふさわしい方がいらっしゃらないので、大将〔薫〕にお譲り申し上げなさるのを、〔薫は〕恐縮し申し上げなさるけれど、〔帝の〕ご意向もどうであったのか、御盃を差し上げて、「おし」とおっしゃった声遣いや振る舞いまで、例の公事ながら、人並みでなく見えるのも、今日はますます見慣れた感じまで加わるからだろうか。〔盃を〕差し返し頂戴して、下りて舞踏なさる様子は、たいそう類がない。
上臈の親王たちや大臣などが〔盃を〕頂戴なさるだけでも目出度いことなのに、これはまして御婿として持て囃され申し上げていらっしゃるご寵愛で、疎かでなく珍しいことに、際限があるので、下りた座にお帰り着きになる様子は、痛ましいほどに見えた。
按察使大納言は、「私こそこのような目を見るだろうと思っていたのに、妬ましいことだ」とお思いになっていた。この宮〔女二の宮〕の御母女御〔藤壺の女御〕に、昔、心をお寄せ申し上げていたのを、〔女御が〕参ってから後も、なお思い離れない様子でお便りをし通っていらっしゃって、果ては宮をお得申し上げようという心がついたので、後見を望む様子も漏らし申したけれど、〔帝に〕お聞きになることさえ伝わらずに終わったので、たいそう心残りに思って、
「人柄は、実に宿縁が格別なようだけれど、なぜ、時の帝が仰々しいほど婿を大切になさるべきなのか。またとあるまいよ。九重の内にいらっしゃる殿に近い所で、ただの人のように打ち解けて訪れて、果ては宴だ何だと騒がれることは」
などと、ひどく非難しぶつぶつ申していらっしゃったけれど、さすがに見たくて、参って、心の内では腹を立てていらっしゃった。
紙燭を差して歌どもを差し上げる。文台のもとに寄りながら置く様子は、それぞれ得意顔であるけれど、例によって、「どれほど奇妙に古めかしかっただろう」と思われるので、無理に皆を尋ねては書かない。上の方々も、上臈だからとて、お口ぶりは、格別なことも見えないようだけれど、印ばかりに、一つ、二つを聞き及んだ。これは、大将の君〔薫〕が、下りて御かざしを折って参った時の〔歌〕だということだ。
帝のかざしに折るという藤の花は、届かない枝に袖をかけて折ったことです
堂々としていることよ、憎らしいほどだ。
万代までかけて匂うだろう花なので、今日も見飽きない色と見えることよ
君のために折ったかざしは、紫の雲にも劣らない花の景色であることよ
世間並みの色とも見えず、雲居まで立ち昇った藤波の花であることよ
「これがあの腹を立てている大納言の〔歌〕なのだろう」と見える。一方では、聞き違いでもあっただろうか。このように、格別面白いところもないばかりであったそうだ。
夜が更けるにつれて、御遊びはたいそう面白い。大将の君〔薫〕が「安名尊」を歌いなさる声は、限りなく立派であった。按察使〔大納言〕も、昔優れていらした御声の名残なので、今もたいそう立派で、合わせていらっしゃった。右の大殿〔夕霧〕の御七郎が、童で笙の笛を吹く。たいそう可愛らしかったので、御衣をお与えになる。大臣は下りて舞踏なさる。
夜明け近くになってお帰りになった。禄は、上達部、親王たちには主上からお与えになる。殿上人、楽所の人々には、宮の御方〔女二の宮〕から品々にお与えになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。