ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第49帖 宿木 / 第6場面

匂宮と中の君

あらすじ・人物・読み方

匂宮は中の君のもとに通い、二人は契りを結ぶ。中の君には懐妊の兆しが現れる。

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現代語で読む

宮〔匂宮〕は、常よりも情深く親しく、起き臥し語らい契りながら、この世だけでなく、末長いことをだけお頼み申し上げなさる。

ところが、〔中の君は〕この五月頃から、例にない様子に悩ましくなさることもあった。大げさに苦しがりなどはなさらないが、常よりも食事を召し上がることがますますなく、臥せってばかりいらっしゃるのを、〔匂宮は〕まだそのような人の様子をよくご存じないので、「ただ暑い頃なので、このようでいらっしゃるのだろう」とお思いになっていた。

さすがにおかしいとお気づきになることもあって、「もしや、どうしたのか。そのような人〔懐妊した人〕こそ、このようには悩むそうだ」などと、おっしゃる折もあるが、〔中の君が〕とても恥ずかしがりなさって、何気なくだけ振る舞っていらっしゃるのを、出しゃばって申し出る人もいないので、〔匂宮は〕確かにはお知りになれない。

八月になったので、その日〔出産の頃〕などは、〔匂宮は〕他人から伝えお聞きになる。宮は、隔てようというのではないが、言い出すほど心苦しく痛ましく思われて、そのようにおっしゃらないのを、女君〔中の君〕は、それさえ辛くお思いになる。隠していたことでもなく、世の中がすっかり知っていることを、その時期などさえおっしゃらないことと、どうして恨めしくないことがあろうか。

〔匂宮が六の君のもとへ〕このように移っておいでになった後は、格別なこともないので、宮中にお参りになっても、夜お泊まりになることは特にせず、あちこちで夜離れなどもなかったのに、急に〔中の君が〕どうお思いになるだろうかと、気の毒で紛らわすために、この頃は、時々宿直だと言って宮中にお参りになったりなさりつつ、以前から〔そう〕慣らして申し上げておられたことも、〔中の君には〕ただ冷たいこととしてばかりお思い置かれるに違いない。

中納言殿〔薫〕も、「とても気の毒なことだ」とお聞きになる。「花のようなお心でいらっしゃる宮であるので、かわいそうとはお思いになっても、今風の華やかな方〔六の君〕へ必ずお心が移っておしまいになるだろう。女の方〔中の君〕も、とても辛抱強い人柄で、恨めしくお申し上げ申し慕っていらっしゃれば、この何か月も、そう〔一緒に夜を過ごすことに〕慣れてもおいででなく、待つ夜を多くお過ごしになることこそ、かわいそうなことだろう」

などと思い寄せるにつけても、〔薫は自分のことを思う〕。

「つまらないことだ、私の心よ。なぜ〔中の君を匂宮に〕譲り申し上げてしまったのだろう。昔の人〔大君〕に心を深く留めた後、大方の世間をも思い離れて澄みきっていた方の心も濁り始めてしまったので、ただあの御こと〔中の君〕だけを、あれこれと思いながらも、さすがにあの人の心が許されて〔匂宮と結ばれる〕ようなことは、初めから思っていた本意ではなかったはずだ」

と〔世間を〕憚りながら、「ただどうにかして、少しでも愛しく思われて、打ち解けておいでになる様子を見たい」と、将来の計画ばかりを思い続けたのに、あの人〔中の君〕は同じ心でもなく振る舞って、さすがに、一方的にも放ちきるまいと思っていらっしゃる慰めに、〔匂宮も自分も〕同じ身の上だと言いなして、本意でない方〔匂宮との縁〕へ向かわせなさったのが、悔しく恨めしかったので、「まず、その心の決めを変えさせようとして、急いでしたことなのだ」などと、無理に女々しく狂おしいように〔中の君を〕連れ歩き、だまし申し上げた時のことを思い出すのも、「とてもけしからぬ心だった」と、返す返す悔しい。

「宮〔匂宮〕も、さすがに、その頃の様子を思い出しなされば、私が聞くところについても少しは憚りなさるだろう」と思うのに、「いや、今は、その時のことなど、口にさえお出しにならないようだ。やはり、浮気な方へ進み、移り気やすい人は、女のためだけでもなく、頼りなく軽々しいこともありそうなものだ」

などと、〔薫は匂宮を〕憎く思い申し上げる。自分の、本当にあまりに一方〔大君・中の君〕へ染まった心の癖のために、人はとてもこの上なくもどかしく見えるのだろう。

「あの人〔大君〕を空しく亡くなったものと見なし申し上げるようになった後、思うには、帝の御女〔女二の宮〕を〔妻に〕いただこうとお考え置きになったことも、嬉しくもなく、この君〔中の君〕を見なければよかったと思われる心が、日月に添えて増すのも、ただ、あの御ゆかりと思うと、思い離れがたいのだ。

姉妹という間柄の中でも、限りなく思い交わしておいでだったのに、今は〔匂宮の妻に〕なっておしまいになった果てにも、『残る人を〔私と〕同じように思え』と言って、『何事も思わなくなることはない。ただあの〔父宮の〕思い置かれた様子を違えなさったことだけが、残念で恨めしい節として、この世に残るだろう』と〔大君が〕おっしゃったのに、〔大君が〕天に翔っても、このようなことにつけては、いっそう辛いとご覧になるだろうか」

などと、つくづくと他人任せでない独り寝をなさる夜ごとには、はかない風の音にも目ばかりが覚めながら、過ぎたことや行く末、他人のことまで、つまらない世を思いめぐらしておられた。

何げない慰みに物を言い触れ、身近に使い慣れておられる人たちの中には、自然と憎くないと思われる人もありそうだけれど、本当には心が留まる人もいないことこそ、さっぱりしている。

それというのも、あの君たち〔大君たち〕のほどに劣らない身分の人たちも、時世に従って衰えて、心細そうな住まいをしているのなどを、尋ねて引き取ってお置きになるなど、とても多いけれど、「今こそと世を逃れ背き離れる時、この人こそと、取り立てて、心が留まる絆になるほどのことはなく過ごしてしまおう」と思う心が深かったのに、「とても、そう悪く、自分の心ながら、ひねくれてもいることだなあ」

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。