第50帖 東屋 / 第15場面
浮舟の苦悩
あらすじ・人物・読み方
悪夢にうなされた浮舟を乳母が慰める。匂宮は大宮の御不例で帰り、少将は薫への募る思いに沈む。
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恐ろしい夢の覚めた心地して、汗に押し浸して伏していらっしゃった。乳母が、うち扇ぎなどして、「このような御住まいは、万事につけて、慎ましく、便がなかった。このようにいらっしゃり始めて、さらに、良いことはございません。ああ、恐ろしい。限りない人と聞こえても、安くない御様子は、ひどく味気ないだろう。よその差し離れた人でこそ、良いとも悪いともお思いになられよう、人聞きも傍ら痛いこと、と思いなさって、降魔の相を出して、ずっとお見申し上げたところ、ひどくむくつけく、下衆下衆しい女とお思いになって、手をひどく甚く、つまみなさったことこそ、直人の懸想立ちて、ひどくをかしくも思えました。
あの殿には、今日もひどく言い争いなさっていた。「ただ一所の御上をお見扱いなさるといって、わが子どもをばお思い捨てたり、客人のいらっしゃるほどの御旅居が見苦しい」と、荒々しいまでぞ聞こえなさっていた。下人さえ聞き気の毒がった。「すべてこの少将の君ぞ、ひどく愛敬なくお思いになる。この御ことがございませんでしたら、内々安からず、むつかしいことは、折々ございましても、穏やかに、年ごろのままでいらっしゃるべきものを」など、うち嘆きつつ言う。
君は、ただ今は、ともかくも思い巡らされないで、ただひどくはしたなく、見知らぬ目を見たのに添えても、「どのようにお思いだろう」と思うのに、侘しいので、うつ伏し臥して泣きなさる。ひどく苦しいと見扱って、「何か、このようにお思いになる。母がいらっしゃらない人こそ、手づきなく悲しいだろう。よその評判は、父のない人ひどく口惜しいけれど、性悪な継母に憎まれるよりは、これはひどく安い。ともかくもお仕立て申し上げなさってしまう。お思い屈するな。それでも、初瀬の観音がいらっしゃれば、あはれとお思い申し上げなさるだろう。慣れない御身に、度々しきりに、詣でなさることは、人がこのように侮り様にのみ思い申し上げたのを、このようにもあった、と思うほどの御幸いがいらっしゃいませ、とこそ念じます。わが君は、人笑われでは、お止みになるだろうか」と、世を安げに言い座っていた。
宮は、急いでお出になるそうだ。内裏に近い方だろうか、こちらの御門からお出になると、物の仰る御声も聞こえる。ひどく上品に限りもなく聞こえて、心ばえある古言など、うち誦じなさってお過ぎになるほど、すずろに煩わしく思われる。移し馬どもを引き出して、宿直にお仕えする人、十人ほどして、お参りになる。上は、気の毒に、情けなく思うだろうといって、知らぬ顔で、「大宮がお悩みになるといって、お参りになったので、今宵はお出になるまい。名残か、心地も悩ましくて、起き座っていますのを、お渡りなさい。つれづれにもお思いになるだろう」と申し上げなさった。
「乱り心地がひどく苦しゅうございますのを、ためらって」と、乳母をして申し上げなさる。「どのような御心地か」と、返り訪ね申し上げなさると、「何の心地とも思えません、ただひどく苦しゅうございます」と申し上げなさると、
少将は、右近に目まじろきをして、「傍らぞ甚くいらっしゃるのだろう」と言うのも、ただであるよりは気の毒だ。
「ひどく口惜しく、心苦しい行いかな。大将が心を留めた様子に仰るらしいのを、どのようにあわあわしく思い落とそう。このように乱りがわしくていらっしゃる人は、聞きにくく、真でないことをもくねり言い、また本当に少し思いもよらないことをも、さすがにお見許しできそうにこそいらっしゃるらしい。この君は、言わないで憂いと思うこと、ひどく恥ずかしげに、心深いのを、合わなく思うことが、添い寝た人の上であるらしい。年ごろ見ず知らなかった人の上だけれど、心ばえや容貌を見れば、思い離れまいほど、可愛く心苦しいのに、世の中はありがたく、むつかしいものかな。わが身の様子は、足りないことが多い心地がするけれど、このように物はかない目も見そうだった身が、それは、はふれずになってしまったのにこそ、実に、無難なのだった。今はただ、この憎い心を添えていらっしゃる人が、穏やかで思い離れれば、さらに、何ごとも思い入れずになろう」とお思いになる。
ひどく多い御髪なので、すぐにも乾かしきれず、起き座っていらっしゃるのも苦しい。白い御衣一襲ほどでいらっしゃる、細やかで風情がある。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。